子供に戻るのか

 年をとるとだんだん子供に戻っていくという説がある。おれも最近、自分でそんなふうに感じている。
 例えば、若い頃はそうでもなかったが、忘れ物をすることが多くなった。以前は「あれとこれを用意しておいて」と割りかし周到だったのだが、この頃はなんとなく出かけて、いざというときにアイヤー、と気がつくことが増えてきた。母親に言わせると、おれはガキの時分「忘れ物の王様」だったそうで、英語で言うと、The King of Things Left Behindである。英語で言ったからどうだというわけでもないが。
 どうもおれは頭の中(だけ)が幸せな子供だったらしい。
 幼稚園時代にはボーッとしていて、そもそも「バスに乗って家に帰る」ということすらよく忘れた。一つ上の兄が泣きそうになりながらバスに引きずって乗せてくれたんだそうだ。
 当時、家のすぐ前が原っぱで、おれは「ライダーキーック! ウンコチッコバヒュ〜ン!」などと叫びながらそこらへんを走り回っていた。家の中でいつも母親はご近所様に対して大変に恥ずかしい思いをしていたという。
 小学校低学年の写生大会のときには公園の木を鉛筆で大変丁寧に下書きした。大変丁寧すぎたため時間がなくなり、最後は画面を赤青黄色と三色旗のように綺麗に塗りつぶして提出した。先生には当然呆れられた。「いや、我輩は小学生絵画というものの陳腐な概念自体を破壊したいのだ!」などと力強く開き直れば、天晴れ、西田地方小学校(にしでんじがたしょうがっこう)に一時代を築けたかもしれないが、当時のおれは頭の中が幸せだったので、ただの馬鹿で終わった。
 音楽のテストで、楽譜の音符の丸い部分に「ドレミを書きなさい」という問題が出たことがあった。おれは真面目に順番にドレミドレミドレミ・・・と書いた。答案にペケがついて返ってきたときには、何が違っているのか、しばらく考え込んでしまった。というのは嘘で、相変わらずボーッとしていた。
 もし、年をとるとだんだん子供に戻っていくのなら、おれはやがてバス停でバスに乗るのを忘れて「ライダーキーック!」と叫びながら時刻表部分を三色に塗りつぶし、バス停の上についてる丸いところに「ド」とだけ書く怪人になるのだろうか。
 楽しみである。