狂乱 阿部一族

 世の中には破壊的な言葉というのがあり、昨日、おれもひとつ見つけてしまった。「ゲラゲラ笑いながら」というのがそれである。
 試しに、森鴎外の「阿部一族」で証明してみよう。
 阿部一族は学校の国語の文学史に出てくるような小説なので、敬遠している人も多いかもしれない。しかし、後半部は阿部一族対藩派遣の討伐隊の大立ち回りであり、案外とエンターテインメントの部分もある。ただし、鴎外の筆致はあくまで冷徹で仮借ない。以下、大立ち回り部分の引用である。

 二人は一歩しざって槍を交えた。しばらく戦ったが、槍術は又七郎の方が優れていたので、弥五兵衛の胸板をしたたかにつき抜いた。弥五兵衛は槍をからりと棄てて、座敷の方へ引こうとした。
「卑怯じゃ。引くな」又七郎が叫んだ。
「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ」言いすてて座敷にはいった。
 その刹那に「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞が電光のごとくに飛んで出て、又七郎の太股をついた。入懇(じっこん)の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手錬の又七郎も少年の手にかかったのである。又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。
 数馬は門内に入って人数を屋敷の隅々に配った。さて真っ先に玄関に進んでみると、正面の板戸が細目にあけてある。数馬がその戸に手をかけようとすると、島徳右衛門が押し隔てて、詞せわしくささやいた。
「お待ちなさりませ。殿は今日の総大将じゃ。それがしがお先をいたします」
 徳右衛門は戸をがらりとあけて飛び込んだ。待ち構えていた市太夫の槍に、徳右衛門は右の目をつかれてよろよろと数馬に倒れかかった。
「邪魔じゃ」数馬は徳右衛門を押し退けて進んだ。市太夫、五太夫の槍が左右のひわらをつき抜いた。
 添島九兵衛、野村庄兵衛が続いて駆け込んだ。徳右衛門も痛手に屈せず取って返した。
 このとき裏門を押し破ってはいった高見権右衛門は十文字槍をふるって、阿部の家来どもをつきまくって座敷に来た。千場作兵衛も続いて籠み入った。
 裏表二手のものどもが入り違えて、おめき叫んで衝いて来る。障子襖は取り払ってあっても、三十畳に足らぬ座敷である。市街戦の惨状が野戦よりはなはだしいと同じ道理で、皿に盛られた百虫の相啖うにもたとえつべく、目も当てられぬありさまである。
 市太夫、五太夫は相手きらわず槍を交えているうち、全身に数えられぬほどの創を受けた。それでも屈せずに、槍を棄てて刀を抜いて切り廻っている。七之丞はいつのまにか倒れている。

 血湧き肉躍るかというと、どうも陰惨である。あるいは、軍医であった鴎外の戦場の捉え方が反映しているのか。
 これに、適宜「ゲラゲラ笑いながら」を挿入してみる。

 二人は一歩しざってゲラゲラ笑いながら槍を交えた。しばらく戦ったが、槍術は又七郎の方が優れていたので、ゲラゲラ笑いながら弥五兵衛の胸板をしたたかにつき抜いた。弥五兵衛は槍をからりと棄てて、ゲラゲラ笑いながら、座敷の方へ引こうとした。
「卑怯じゃ。引くな」ゲラゲラ笑いながら、又七郎が叫んだ。
「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ」ゲラゲラ笑いながら言いすてて座敷にはいった。
 その刹那に「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞がゲラゲラ笑いながら電光のごとくに飛んで出て、又七郎の太股を、ゲラゲラ笑いながらついた。入懇(じっこん)の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手錬の又七郎も少年の手にかかったのである。又七郎は槍を棄てて、ゲラゲラ笑いながらその場に倒れた。
 数馬は門内に入って、ゲラゲラ笑いながら人数を屋敷の隅々に配った。さて真っ先に玄関に進んでみると、正面の板戸が細目にあけてある。数馬がその戸に手をかけようとすると、島徳右衛門が押し隔てて、詞せわしくゲラゲラ笑いながらささやいた。
「お待ちなさりませ。殿は今日の総大将じゃ。それがしがお先をいたします」
 徳右衛門は戸をがらりとあけて、ゲラゲラ笑いながら飛び込んだ。待ち構えていた市太夫の槍に、徳右衛門は右の目をつかれてゲラゲラ笑いながらよろよろと数馬に倒れかかった。
「邪魔じゃ」数馬は徳右衛門を押し退けて、ゲラゲラ笑いながら進んだ。市太夫、五太夫の槍が左右のひわらをつき抜いた。
 添島九兵衛、野村庄兵衛が続いて、ゲラゲラ笑いながら駆け込んだ。徳右衛門も痛手に屈せず、ゲラゲラ笑いながら取って返した。
 このとき裏門を押し破ってはいった高見権右衛門は十文字槍をふるって、阿部の家来どもをゲラゲラ笑いながらつきまくって座敷に来た。千場作兵衛も続いてゲラゲラ笑いながら籠み入った。
 裏表二手のものどもが入り違えて、おめき叫んでゲラゲラ笑いながら衝いて来る。障子襖は取り払ってあっても、三十畳に足らぬ座敷である。市街戦の惨状が野戦よりはなはだしいと同じ道理で、皿に盛られた百虫の相啖うにもたとえつべく、目も当てられぬありさまである。
 市太夫、五太夫はゲラゲラ笑いながら相手きらわず槍を交えているうち、全身に数えられぬほどの創を受けた。それでも屈せずに、槍を棄てて刀を抜いてゲラゲラ笑いながら切り廻っている。七之丞はゲラゲラ笑いながらいつのまにか倒れている。

 ほれ、たちまちのうちに筒井康隆的気違い世界が花開くではないか。
 これ、いつか忠臣蔵でやりたいなー。最後の討ち入りの場面なんてすんごいことになると思うヨ。