バレンタインデーと道成寺

 バレンタインデーというのは、英語では“St. Valentine's Day”だから、「聖バレンタインの日」である。もともとは3世紀に殉教したとされる聖人ウァレンティヌス(バレンタイン)を悼む日だったそうだ。ただし、ウァレンティヌスは実在が疑われているので、今はキリスト教の記念日ではなくなっている。
 ウァレンティヌスは色恋方面とは全然関係ない存在だったらしいが、15世紀あたりからなぜか男女の恋愛の聖人になった。チョーサーの詩に「バレンタインデーの季節になると鳥が恋人をつくる」というフレーズがあり、それが作用したともいう。
 ……あー、当然だが、このような知識をおれがもともと持っていたわけではない。さっき、Wikipediaで読んだのだ。
 日本ではどういうわけかこの日に女性が男性にチョコレートを渡すことになっている。日本オリジナルの習慣で、それも1970年代あたりからだそうだから、比較的新しい風習(矛盾した言い方だけど)である。チョコレート業界の販売戦略という見方もあるようだが、それに乗っかる側の(集団)心理というものもあるはずで、ことはそう単純ではないだろうと思う。
 考えてみれば、キリスト教の殉教者の記念日に、キリスト教徒でもない日本人女性が男性にチョコレートを贈るとは、随分とあちこちで玉突きを起こしてできあがった妙な風習である。仏教に置き換えてみれば、俊寛僧都の命日、四月十日に女性が男性にヨーカンを贈るようなものだ。あるいは、伝説上の人物ということでいえば、安珍道成寺清姫大蛇に焼き殺された三月二十七日に女性が男性に栗きんとんを贈る、なんてほうがふさわしいかもしれない。
 今、例によってのテキトーな思いつきで書いたが、ある意味、安珍は恋によって殉教させられたわけで、女性から男性への求愛としてはこっちのほうがバレンタインデーのチョコレートより筋が通っている。男性からしてみれば下手に対応すれば焼き殺されかねないわけで、脅しとしてもなかなか効くではないか。
 そんなわけで、今年から、三月二十七日は聖安珍坊主の日。女性から栗きんとんを受け取った男性はじゃけんにしちゃあ、いけないヨ。恋する女はオソロしいゼ。いや、マジで。