掻く快感について

 おれはアトピー体質で、記憶しているところでは幼稚園ぐらいからカイカイカイカイと体のあちこちを掻きまくってきた。考えてみれば、腸の弱さとアトピーがおれの人生の二大通奏低音で、おれの人生は腹痛と痒みとの壮絶な闘いであった。そして、これからも闘いは続くのであろう。
 特に冬場が近づくと肌が乾燥し、ひび割れる。そうすると、その割れ目からいろんな物質がわーと殺到し、体内から勇ましい撃退部隊が出動し、ドンパチ始める。どうやらこのドンパチが痒みの原因であるらしい。
 痒いと掻く。そうすると、肌の割れ目だったところが広がり、血がにじむ。荒れる。荒れるとさらに体外物質が侵入しやすくなり、血気盛んな撃退部隊が大部隊で繰り出す、戦闘状態が戦争状態へと突入する。つまり、衝突が戦闘に発展して、戦闘が憎悪という推進力を生み、やがては戦乱が常態となるわけで、何やら、パレスチナのごとくである。
 だから、痒くても掻くな、というのは全くのセイロン、今のスリランカなのであるが、しかしねー、掻くと気持ちいいんですよ、もう。気持ちよすぎて、のけぞりたくなるときすらあるンですよー。
 では、その快感を味わえるからカイカイ体質であることが幸せだったかというと、そんなことはない。やはり、痒みの不快感というのは大きく、掻く快感が味わえなくなっても痒みを感じないほうがよい。掻けば掻くほど、後で痒みが拡大するのも困ったところである。
 思うに、痒みを掻く快感というのはこう分解できるのではないか。

掻く快感 = 痒みが解消される快感(a)+ 皮膚への刺激による快感(b)

 bについては、何か特別な快感物質が神経にか、脳にか分泌されるんじゃないかと想像するが、本当のところは知らない。
 ともあれ、aだけであれば大したことがない。積極的に掻きたくなり、「あああああ」となるのはbの皮膚への刺激による快感の作用が大きいと思う。
 この図式は、煙草を吸う快感に似ている。

煙草を吸う快感 = 体内のニコチン不足が解消される快感(a’)+ ニコチンその他が刺激する快感(b’)

 aとa’がマイナスからゼロへと向かう快感(解消感)であるのに対し、bとb’はゼロからプラスへ向かう快感である。
 そうだとすると、もしかすると掻く快感と同様の作用、すなわち、塗るだけで皮膚への刺激による快感のみをもたらせる薬物を発明できれば、煙草並みの一大産業を生み出せるのではないか。あの掻くときの「あああああ」の快感が得られる薬。しかも、掻くがごとくに皮膚を傷つけ、荒らすことがない。ただ、「あああああ」の快感だけが得られる。
 我ながら、素晴らしいアイデアだ。問題はおれにそれを実現する知識も能力も資金力もないことだ。誰か、実現してくれ。そして、利益の1%(売り上げの1%ではいないぞ!)でいいから、おれにくれ。言っとくが、天啓を受けたのはおれだぞ。