酒の禁止

 あまり自慢になることではないが、というか、むしろ言うのが少々恥ずかしいんだが、おれは酒が好きで、結構飲む。人と飲むのも好きだし、家で飲むのも好きだ。ひとりで飲んでいても盛り上がれるんだから、便利というか、救いようがないというか、ともかくそんなふうである。
 酒の何が好きかというと、味や香りではない。ビールはまあ、一口目を美味いとは思うが、途中からは惰性となって味なぞ気にしなくなる。ワインも嫌いではないが、味わいやアロマがどうというほどでもない。その他の酒も味や香りを楽しむということはあまりなく、無味無臭でもかまわないし、むしろそのほうが楽なんじゃないかと思うこともある。
 じゃあ、なんで飲むのかというと、どうもヨッパラってふわふわする心地がいいらしい。酔えればいいわけだから、年とって寝たきりになったら、時々点滴に混ぜて、管と針を通して血中アルコール濃度を上げてもらおうかと考えている。・・・などと医者に相談してみたら、「それは薬事法違反です」とばっさり切り捨てられてしまった。仕方ないので、しばらくは何とか起きていようと考えている。
 酒以外のふわふわ酔い心地になるものはたいがい禁止されている。体に悪影響を及ぼすという理由が一番なのだろうが、もうひとつ、そんなふわふわした状態の人間が外を歩き回ったり、クルマを運転したりするのが危なくってしょうがないということもあるのだろう。じゃあ、なぜ多くに国で酒が禁止されていないかというと、国家権力なぞという大仰なものができあがる遥か前から人々の間に浸透しきってしまって、禁止するにも禁止できない状態になっているからではないか。アメリカでは戦前に禁酒法の時代があったが、マフィアがのさばるばかりで――ということは需要を断ち切ることができなくて、結局は廃止されてしまった。本当に酒を断ち切ろうとしたら、イスラム教のように信仰の力で抑えるか、強力な統制力と恐怖のある政府でも打ち立てるしかないのではないか。信仰はともかく、統制的な政府というのは酒以上の害をなすだろうから、どうもうまくない。
 ふわふわと、常態とは違う心地になるものをもしドラッグと定義するなら、酒はドラッグである。しかし、他のドラッグに比べて、圧倒的な先行者利益、既得権益があり、それで堂々とのさばっているのだろう。