体内共生説 その2

 前回、人体というのは実は各種器官が共生している集合体なんではないか、というようなことを書いた。まあ、例によっての思いつきのデタラメだったのだが、しかし、人体を大脳神経系統の器官と自律神経系統の器官の2つに大きく分けることはできそうである。
 自律神経系統の器官を意志で動かすことは基本的にできない。考えてみれば、そこらへんの案配というのはよくできていて、もし自律神経系統の器官も意志で動かさねばならないとすると、大変である。「えっと、今は運動した後だから心臓をちょっと早めに動かして・・・わちち、動かしすぎた。ちょっとゆるめないと。ああ、なんか苦しいな。もちっと呼吸を大きくしないと。体温が上がってるなー。汗、汗、汗。あ、そうだ、確かうんちがまだ上行結腸あたりで止まっていたから、蠕動させて横行結腸に運ばないと・・・」などと、いちいちコントロールしなければならないとしたら、非常に面倒である。第一、これでは眠ることすらできない。
 自律神経というのは、大脳が余計な心配をせずに働けるようにしてくれている優れたシステムと言える。まあ、こういう書き方をするのは、おれがもっぱら大脳側に経って物を考えているからであって、自律神経側に立ってみると、おのれら一統が生き続けられるように大脳神経系統の器官に取り付いて、餌のあり場だの水のあり場だの、暖かいところ、涼しいところに行かせているんだ、と見ることもできる。何やら、SFの寄生生物物のごとくである。
 まあ、どっちがどっちに寄生しているのかはともかく、大脳神経系統の器官と自律神経系統の器官はお互いにおかげさまという関係であり、広い意味で、やはり相利共生的関係にあると言えるんではないか。