名前が覚えられない

 名前を非常によく覚える人がいる。一度会って、だいぶ経ってから顔を合わせても「ああ、稲本さん!」などと声をかけてくれる。
 おれは逆で、人の名前がなかなか覚えられない。「ああ、稲本さん!」と呼びかけられて、「ああ、どうも!」などと返すのだが、内心、「この人の名前なんだっけなあ」などと焦ってしまう。会話も運びにくく、深い話もしづらく、不便である。
 あの、名前を覚えられる、覚えられないの違いは何なのだろうか。単純な記憶力の問題でもなさそうである。かといって、名前を覚えられる人が格別覚えようと努力しているようにも見えない。
 おれの場合、人の顔は覚えている。しかし、名前が出てこない。もしかすると、頭の中の引き出しに、おれは顔をストックしているだけであり、名前を覚えられる人は顔と名前をセットでストックしているか、あるいは顔をストックして引き出しの表に名前を貼付けているのだろうか。
 面白いのは糸井重里さんで、昔々に一度だけお会いしたことがあるのだが、同席した周知の人をずーっと別の名前で呼び続けていた。結構よくあるらしい。顔と名前をセットでストックするのだが、引き出しの奥がつながっていてシャッフルしてしまうか、もしくは引き出しの表に別の名前を貼付けてしまうのだろうか。
 まあ・・・おれの場合、究極のところ、他人に興味がないだけのかもしれないが(いやいやいや)。