こだわりの不味い店

 先日、自転車で浅草に行って、昼時を過ぎたので飯を食おうと思った。
 天丼がいいな、と思って、知っている店に行くと、テレビか雑誌ででも紹介されたのだろうか、列ができていた。並んでまで飯を食おうとは思わないから、他の店を探すことにした。
 自転車でふらふらして、小さな天麩羅屋を見つけた。
 間口が狭く、こぎれいな店ではない。戸をあけると、カウンターがほぼ客で埋まっている。太った店員が「今、席を作りますから!」と慌てたように飛んできた。あまり客慣れしていない感じである。カウンターの向こうではひげ面の太った主人が天ぷらを揚げている。
 しばらく待たされて、店員が用意してくれた席についた(用意と言っても、おしぼりとお茶の乗った盆を置くだけのことである)。天丼を注文した。
 あらためて見てみると、太った主人は刈り込んだヒゲのせいでわかりにくいけど、まだ若そうである。天麩羅屋でデブの主人はいかんナァ、高いカロリーを思い起こすナァ、などと考えながら茶をすすった。
 主人は客ごとに順に天ぷらを揚げていく。天ぷらを出すとき、「手前は旬の素材で何たらかんたら、奥は何たらかんたらでございます」と妙に気張った声で案内する。天ぷらを出してから、次の客のネタを準備する。揚がるのを待っている間、先にやっとけばいいのに段取りが悪いナァ、何人分かまとめて揚げたっていいだろう、と思ったが、まあ、何か理由があるのかもしれない。天ぷらのことはよく知らない。おかげで随分待たされた。次の客に天ぷらを出すときはまた「手前は旬の材料で何たらかんたら」と案内する。さっき聞いたヨ。
 見ると、カウンターに「当店では天つゆを出しません。主人が手間ひまかけて用意した五種類の塩で召し上がっていただきます」と書いた紙が貼ってある。どうも何かとこだわる主人であるらしい。
 ようよう待たされて、天丼が来た。これが天ぷらがへちゃついて、不味いのなんの。海老なんぞ半生じゃないかという味がした。食っていて、途中でげんなりした。塩だの、旬の素材の案内だのにこだわる前に、天ぷらの揚げ方を普通に学んでほしいナァ、と思った。形にこだわるのもいいけれども、まずは普通ができてからの話だよナァ。
 足下を見ると、カウンターの下に段ボールだの、ナイロン袋だのが無造作に置いてある。客の心持ちにはあんまりこだわらないらしい。
 おれはそもそも「こだわりの何たら」みたいなものを持ち上げる風潮があまり好きではない。実力がある人がこだわるのはまだしも、勘違いしてこだわりから入る人間は時として迷惑である。
 帰り道、自転車で走りながらアゲそうになった。