宗達・蔦の細道図屏風が好きだ

 先週京都に行った際に相国寺承天閣美術館俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」を見た。
 見るのは二度目で、以前はどこで見たのだったろうか。最初に見たとき少々大げさだが心動かされ、今回見て、やはり素晴らしい、と思った。

 蔦の細道図屏風は左右二枚からなっている。


左隻

右隻

 まず構図と色づかい、蔦の筆致が抜群に素晴らしい。しかし、それ以上に素晴らしいのが屏風に込めた遊び心である。
 蔦の細道図屏風は伊勢物語に材を取っているそうだ。男(在原業平)が東国への旅に出て、心細い思いをしながら駿河の国に来る。たまたま出会った修行者が旧知の人だった。都で待つ想い人に歌を託した、という話である。
 屏風のほうは広い空、野原、蔦のあしらわれた道がはるかに続く広い世界を感じさせる。二枚並べると、野の広がりと山道に踏み込む前のかすかな心細さと昂ぶりを感じてもらえると思う。

 実は左右を入れ替えてもつながるようにできている。

 道は空へ、空は道へとつながっていく。いっそもう1セットつなげてみようか。

 メビウスの輪のような無限ループとなる。もちろん、本物の屏風は二枚きりだから実際にはこんなことはできないけれども、左右を入れ替えてもつながる、道が空になる、空が道になるということから、想像のなかで無限につらなる天地を作り出すことができるわけだ。伊勢物語で男が修行者に託した歌は「駿河なるうつの山辺のうつつにも夢にも人にあはぬなりけり」だそうで、この屏風自体も想像の世界を広げることで、うつつのような夢のような空間を作り出している。

 この屏風にはおれの好きなもうひとつの遊び心があって、賛(絵に付された書)を烏丸光広という人が書いている。おれにはちゃんと読めないが、やさしい美しい手である。で、賛者の署名がどこにあるかというと、よく見ないとわからない。右隻の野の真ん中あたりにわずか数センチである。

 「光廣」という文字が、まるで野をゆく旅人のように書かれている。旅人は業平だろうか、それとも京へと去っていく修行者であろうか。この小さな人物(文字)が遠くにいるかのように見えることで、世界の広さ、旅の空の心さびしさとその一方での解放感、自由な心地が強められているようにおれは感じる(そう言えば、谷岡ヤスジのバター犬が遠くのほうから町にトコトコやってくる構図がよくこんなだったと思う。谷岡ヤスジは実は宗達の影響を受けていたりしち)。
 江戸も半ばに入ってからの「洒落」とはまたちょっと違うが、遊び心がふんだんに、しかもセンスよく盛り込まれた屏風だと思う。この屏風のような何かに材を取ってその世界を広げるという感覚や、決まった役割(絵描きと賛者)のなかでそれぞれが遊ぶという心持ち、あるいは何かを何かに見立てるという趣向は現代ではだいぶ廃れたように思う。遊びをせんとや生れけむ、宗達と光広、それを取り巻く光悦達一派の遊び心に惹かれる。