わかりやすい文のコツ

 以前、文章というのは直感とセンスで書くものだと思っていた。
 しかし、ある時期に文章読本の類をまとめて読んでみたことがある。それからは、わかりやすい文章はある程度理屈で書けるものだと考えるようになった。今でも直感とセンスは大切だと思っている。ただし、文章、あるいは文には構造というものがあるのだから、わかりやすい文(「よい文」ではなくて)の書き方はある程度定式化できる。
 たとえば、文の語順である。主語を最初に書けとか何とか、語の成分で定式化している人もいるが、主語や目的語と語順はあまり関係ない。ポイントは「言葉の長いつらなりを先に持ってくる」。これである。

○ 仕事で毎晩遅く帰ってくる父を私は理解できなかった。
△ 私は仕事で毎晩遅く帰ってくる父を理解できなかった。

 この例では「仕事で毎晩遅く帰ってくる父を」が長いつらなりである。「私は」は短い。長いほうを先に、短いほうを後にした前者の文のほうが後者よりわかりやすい。
 おそらく、こういう理由だと思う。後者の場合、文を読む途中で「私は仕事で毎晩遅く帰ってくる」なのか「仕事で毎晩遅く帰ってくる父を」なのか一瞬迷う。後者の文も文法的に間違いではないが、一瞬迷う分だけわかりにくくなる。
 しかし、文章の流れや強調の仕方などから「私は」を先に持って来たくなるときもあるだろう。その場合は「私は」の後に「、」を打てばよい。

私は、仕事で毎晩遅く帰ってくる父を理解できなかった。

 こうすれば、「私は仕事で毎晩遅く帰ってくる」かと迷うことはなくなるからわかりやすくなる。
 よく主語の後には必ず「、」を打つものだと誤解している人がいるが、そうではない。「短い語が長い語のつらなりの前に来たときに『、』を打つ」というのが正しい。いや、正しいではなくて、そうしたほうがわかりやすく、読みやすくなる。
 この語順のポイントは案外と知られていない。知っておくと便利だと思う。