「と」問題

 宮沢章夫が、エッセイのタイトルで3つの言葉を「と」で結ぶと何となくいい感じになる、と書いていて、こんな例を挙げている。

旅と、荷物と、温泉と

 なるほど、何かいい感じである。荷物を持って温泉に旅行した、というだけのことしか言っていないのだが。
 この「何かいい感じ」は最後の「と」が決め手になっている。これをなくしてしまって、

旅と、荷物と、温泉

 では、直接的になってしまって面白くない。
 しかし、2つの言葉の場合は最後の「と」はないほうがよさそうである。

老人と海
老人と海

 後者はどうもしまりがない。
 ともあれ、「と」は関係を明示せずにただ言葉を結んでしまうので、かえって想像力の入り込む余地をつくりだすのだろう。これを「に」に変えてしまって、

老人に海

 ではやはりいかんのである。「猫に小判」じゃないんだから。「は」だとどうだろう。

老人は海

 これはこれでいいかもしれない。老人の年輪と、底知れない心、ひろがりのある内なる世界を思わせる。しかしながら、

老人が海

 ではなぜかダメである。近いところで扱われがちな「は」と「が」だが、効果は全然違うのである。
 もっといかんのが「で」で、

老人で海

 どういうことなのか。

老人で海で

 いっそうだらしなくなってしまった。
「で」の危険性というのはなかなかのものがあって、たとえば、こういうのはどうか。

戦争で平和

あなたで夜で音楽で

「と」と同じように並立の関係を表すことのできる「で」だが、印象は全然違うようである。

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