英語がわからんことの功名

 ザ・クラッシュの曲をあれこれ聞いていて、ああそういえばこの曲、前にクルマのCMで使っていたよなあ、と思い出した。

 探してみると、このCMである。日産のX-TRAILの何年か前のCM。

 おれはほとんどテレビを見ないのだが、このCMは覚えている。

 曲名が"I Fought the Law"(おれは法律と戦った)で、バンド名が"The Clash"である。歌詞は"I fought the law, and the law won."(おれは法律と戦って、法律が勝った)などなどだ。

 クルマのCMなのに、道交法違反をほのめかして、その結果クラッシュするのであろうか、曲調がカッコいいからって何でも使っていいというわけではないだろう、「どのみち視聴者には英語なんぞわからない」と高をくくっているんじゃあるまいか、それは精神的鎖国というものではないか、龍馬に感心はしてもキミ達の心に本当はまだ黒船は来航しておらんのではないか!! などとキューダンしてやろうかと思ったのだが(嘘々。やるとしてもおちょくる程度)、念のため、英語のネイティブの人に訊いてみた。

「うーん、スノーボードとかバイクのスタントの映像があるから、このCMの"the Law"って重力の法則とか自然の法則って意味じゃない? このクルマで重力の法則との戦いに出かけろ、っていうようなメッセージ」

 とのことであった。なるほどー。

「ま、最後には自然の法則のほうが勝つんだけどね」

 CMの作り手なり広告主なりは曲をノリだけで決めたわけではなくて(そういう曲の使い方は多い)歌詞の内容を検討して、映像同様、実は使用する曲にもメッセージが込めていたわけだ。「X=無限、Extreme TRAIL=軌跡」、「The Law=重力の法則、自然の法則」、「フィーチャーするイメージ=スノーボード、BMX等、若者に人気のX系スポーツ」などというPowerPointの企画書が目に見えるようである(はっはっは。バレバレである)。

 しかし一方で、この歌がもし英語じゃなかったら、ともやはり思うのである。

 クルマのメーカーというのは、以前仕事をしたことがあるが、かなり神経質なところがあって、例えばシートベルトをしていない映像はNG、助手席の人に目線をやるのも前方不注意にあたるのでダメ、などと指示がいろいろ細かい。交通事故の印象や法令違反に結びつくものを非常に嫌がる。

 だから、もしこの歌が日本語だったらどうなったろう。CMのプランナーが広告主にプレゼンするのだ。

「えー、今回、使用曲としてご提案申し上げますのは、曲が『おれは法律と戦った』で、演奏しておりますバンドは『衝突』であります。歌詞の内容は『おれは法律と戦ったんだが、法律が勝った』というものでありまして……」

 企画が通ることはまずあるまい。下手すりゃ出入り禁止、江戸所払いである。

 そういう意味では、日本で生まれ育ったほとんどの人には英語の意味するところが耳に飛び込んでこないからこそ実現したCMのように思う。英語がわからないことの功名というか、いったん文字にして訳してみてようやくわかるおかげというか。

 好むと好まざるとに関わらず、日本で生まれ育つと、たいていはそういう文化的状況の中であれこれ見聞きしているということなんだろう。