ディア・ドクター/笑う花

 多少、ネタバレがありますが……。

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 西川美和監督の三作目。前作「ゆれる」(傑作だ)の異様な後味の悪さが印象に残っているのだが、この映画はまた感じが違ったふうで、今村昌平作品にちょっと似ているかもしれない。

 過疎の村の医師、伊野が突然、失踪する。失踪の理由を追いかけるうちに、伊野の人となりと秘密が明らかになっていく……というストーリー。

 笑福亭鶴瓶の演ずる伊野のおおらかな人柄が魅力で、映画の印象のかなりの部分をしめる。診療所付きの看護師の余貴美子もいい(看護師独特の言葉遣いや表情を実にうまく表現している)。一種、村医者はこうであってほしいといういささか身勝手な幻想というか、過疎地で医療に取り組む人ってこういうふうに語られがちだよなーという典型なのだが、単純な赤ひげ診療譚にはならない。村人の中には必ずしもありがたがっていない人物がいたり、医師の取り替えのきくことが示唆されていたりして、そこらへんは西川監督らしい意地の悪い見方がまぶしてある。この人の、醒めて、距離を置いて物を見ている感じがおれは好きだ。

 見終わった後、非常な充実感があった。何だろうなあ、この充実感は、と思って、インターネットでつらつらと映画評を見ていたら、僻地医療の問題とか、現行医療制度の矛盾云々という言葉に出くわした。うーん、そういう話をにおわせるセリフもあるし、スパイスとして効いていると思うけど、おれの充実感は、そういう新聞のルポルタージュみたいなところにはなかった。そんな問題提起をするために西川監督はこの映画を作ったんだろうか(何でもかんでも政治の話や社会問題に結びつけようとするのは下賤だとおれは思っている)?

 おれの充実感は、ある映画の空間の中に身を置いていた、という心地良さであった。まあ、人と人のやりとりの中に引き込まれていた、ということです、簡単に言うと。ハイ。「ゆれる」と違って、最後には救いがある。というか、目が覚めたら日常は続く。

 エンドロールで流れるモアリズムの「笑う花」という曲が、ブルージーな歌い回しでとてもいい。映画のシーンもあるので、ぜひどうぞ。

 人間の、こういう下界でのそのそ動き回っている感じがおれは好きだ。宇宙は、空を見上げたときに星がそこにあればそれでいいんじゃないかとも思う。

 追記(6月17日):昨晩もう一度見直してみて、登場人物の心の動きが前よりもよく理解できた。西川監督は、「ゆれる」もそうだったが、人物の心の動きを捉えるのが実に上手い。脚本も素晴らしいが、ちょっとした仕草、顔の表情の変化を映像で巧みに捉える。本当に力のある映画監督だと思う。