浮いた話

 この話は何度も書いているんだが、高校時代、空中に浮かんだことがある。

 夜中に寝ていて、ふと目が覚めた。金縛りのように動けず、そのうち、体が仰向けのままふわーっと浮き上がった。非常に焦った。1mくらい浮いたところで、体が水平移動を始めた。天井が動いていく。体を必死に動かそうとしたが、手足どころか指先まで言うことを聞かない。部屋は二階で、体は横になったまま階段のほうへと移動していった。まさか、と思ったが、その通りで、部屋を出て、角を曲がり、階段の上を滑るようにして降りていく。階下には両親が寝ていた。そのときおれが思ったのは、今考えても奇妙なのだが、浮いている事実が怖いということよりも(もちろんそれもあるのだが)、「こんな姿を親に見られるわけにはいかない」ということであった。こんなときでも親にすら体面を気にする小人物なオレ。いや違う、カラス孝と鳴きスズメ忠と鳴く美しき儒教精神である。何とか戻ろうと念じるのだが、意思とは無関係に体は滑りおりていく。ああ、ああああ、と思っていると、階段のちょうど真ん中あたりで、今度は天井が反対方向に動き出した。角を曲がり、部屋に入り、方向転換して、布団の上に垂直に降りた。汗ぐっしょりであった。

 夢ではなかった。その証拠に、その晩はショックで、ずっと目が覚めていた。夜が明けても怖くて、朝食の場で家族に話すこともできなかった。人に平気で話せるようになったのは、何年も経ってからである。