不器用者

 ガキの時分からそうなのだが、やたらとモノを落とす。財布をなくす類の「いつのまにか」というのではなくて、今そのとき手に持っているものを落とす。不注意なのか筋力の調整機構がうまくいっていないのかわからないが、とにかく落とす。やたらと落とす。めったら落とす。時々、「てめえ、それでも指か!」と怒り狂いたくなることがある。おそらく、「手でモノを持つ」という機能に関しては、日本のロボット技術のほうがおれの身体能力よりはるかに上をいっているはずだ。

 昨年末ぐらいから十数年ぶりに自炊を再開したのだが、いやもう、落とす、落とす。スプーンを落とす、皿を落とす、卵を落とす、なすびを落とす、肉を落とす、まな板をひっくり返す、醤油ビンが回転しながら飛んでいく(美しく飛散する醤油が残像として瞼の裏に残った)。包丁がおれの足の甲に突き刺さり、中華鍋に煮えたぎる油でおれの顔が佐清(すけきよ)と化すのも時間の問題であろう。万有引力の法則なんていう余計なものを発見してくれたことについて、ニュートンを深く恨んでいる。

 特にキッチンまわりで多いのだが、何かを落としてピタゴラ装置状態となることがある。オタマを落っことしたら立てかけていたまな板に当たり、まな板が倒れ、皿が飛び、水切り台が流しに落っこち、水切り台の中のものが全て飛び跳ね、鶏がらスープの素が倒れ、サラダ油のボトルが落ち、ゴミ箱のへりにあたってゴミ箱が倒れ、内容物がそこらじゅうに飛散する。あわわわ、とゴミを拾おうとかがんだ拍子に腰が棚にあたって、棚から深胴鍋と金属トレイと電気炊飯器が同時に落っこって大音響をあげる。

 昼夜かまわずいろんなものを落としたり、ひっくり返したりしているので、同じマンションの方はさぞや迷惑されていることだろうと思う。おれのマンションを訪ねる人は、近くまでいらっしゃったら、ガラガッシャンガッシャン、グワワワワーンという音をたよりにお越しいただきたい。