中国の大盗賊・完全版

 面白くてたまらず、進むにつれて読み終わるのが惜しくてたまらないという本が、わたしの場合、ごく稀にある。「中国の大盗賊・完全版」はそういう本だった。

中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)

中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)

 内容は、タイトルの通り、秦末(紀元前二百年代)の陳勝から始まり、中国史上有名な盗賊(団)の列伝を挙げていくというものだ。

 盗賊といっても、日本の石川五右衛門や鼠小僧のような個人技に頼ったフリーランス的な人々ではない。あれらは盗っ人、泥棒であって、中国の盗賊は集団である。それも時に(中国的数観念・誇張もあるだろうが)百万を数え、女子供にナベカマを運ぶ輜重集団を引き連れた大集団となる。そうした集団が村を襲い、都市を攻略し、時には朝廷を滅ぼして新しい朝廷を打ち立ててしまう。漢や明はその代表例だという。盗賊は、中国の歴史を動かしてきた一大パワーであり、一大原理なのだ。

 でもって、著者の主張は何かというと、こういうことだ――毛沢東率いる中国共産党というのはマルクス主義革命を目指す政治思想的集団というよりも、中国史上にあふれるほど存在する盗賊集団と考えたほうがはるかに理解しやすい。それを説明するため、著者は中国史上の典型的盗賊(団)を挙げていき、非常に説得力がある。

 盗賊が朝廷を打ち立てるまでの流れを大まかにまとめると、次のようになる。

農村のあぶれ者や飢饉などで食えなくなった飢民達が頭目の元に集まる

村や町を襲い、食料や女を奪う

成功すると名が上がり、あぶれ者や飢民などがさらに集まる

集団が大きくなるにつれ、食料調達のため、さらに大きな規模の町・都市を襲う必要が出てくる

その間、他の盗賊集団や官軍(といっても朝廷からお墨付きをもらった自警団や有力者の私兵団の場合も多い)と戦い、勝てばそれらの兵達を吸収してさらに集団が大きくなる

ある程度、集団が大きくなったところで天下を狙い始める

天下を獲るには組織を整え大義名分を唱える必要があるので、知識人を雇う(毛沢東の場合は自らも知識人)

上記のような流れのうちに、天下はいくつかの大勢力(盗賊集団のほか、官軍・軍閥・異民族集団も含む)に絞られていく

勢力間の天下分け目の戦いが行われる

勝った勢力が新しい朝廷を打ち立てる

新しい皇帝を権威づけるため、知識人達が経典に基づいて容儀を整える(経典はかつては四書五経中国共産党ではマルクス主義

政権安定のため、功臣らの大粛清が行われる

 確かにこう整理してみると、毛沢東率いる中国共産党の歴史というのは大盗賊団のそれと同じである。

 なお、高島俊男によれば、毛沢東自身はさしてマルクスの著作を読んでおらず、マルクス主義によって党および国家を飾り立てたのは彼の雇った知識人達であるという。権威ある書物(経典)に基づいてピーチクパーチクやるのが好きという点で、中国の知識人の習性というのも昔から変わらないと思う。文化おそるべしである。