椅子の文化

 何でもかんでも遺伝だの、生まれ育った環境のせいにするのはあまりいいことだと思わないが、わたしが椅子を苦手とするのは、いくらかは生まれ育ちのせいかもしれない。

 実家は和洋折衷の暮らしだが、和(サライなんかで扱うような立派なものではなく、あぐらとか座布団とかその程度)が7割から8割というくらいだろうか。幼児の頃にはテーブルに椅子で食事をしていた記憶があるが、いつの頃からか畳にあぐらで食事となった。そっちのほうが親も気楽に感じていたんじゃないかと思う。

 でまあ、畳暮らしのよいところは、姿勢が自由でいられるところだ。あぐらかいていてダレてきたら「あああ」などと言いながら横になれる。ひじをついてテレビなんぞ見始める。行儀にうるさい家ではなかったから、注意されることはなかった。ソファ? そんなハイカラものはなかった。今でも、ソファに座ると心からはくつろげない。

 ああいうあぐら・寝そべり暮らしというのは意外と根強く尾を引いているものだと思う。もちろん、人にもよるけれども、いろいろ文明の利器が入ってきて、衣食は洋風がのしてきても、案外、あぐら・寝そべり暮らしはずっと残る気もする。家によっては、ソファを買っても、オトーサンがそのうえであぐらをかいて、オカーサンは正座で番茶をすすったりする。

 でまあ、ちょっと不思議なのだが、中国では割に古くから椅子の文化が発達したようだ(ただし、並行してあぐらの文化もある)。日本は実に多くの部分で中国文化の影響を受けているけれども、椅子の文化についてはほとんど影響を受けなかったように思える。椅子が一般家庭に普及するようになったのは明治以後、おそらくそれよりずっと後で、もしかしたら戦後の話かもしれない。どうしてだろう? やっぱ、あぐらが気楽でよかったんだろうか。