「寝ずの番」と転生のイメージ

寝ずの番 [DVD]

寝ずの番 [DVD]

 マキノ雅彦津川雅彦)監督の作品。見るのは二度目だが、相変わらず楽しめた。

 上方の落語家一門のお通夜(寝ずの番と呼ぶらしい)の話。最後は春歌大会になって大いに盛り上がる。堺正章が登場してからのボルテージが素晴らしい。

 YouTubeに予告編があった。

 この映画を象徴する歌を二本。ひとつ目はいわゆる春歌で、色街の馬鹿騒ぎなんかで歌われたんだろうと思う。

♪ハァ〜、ちんぽ、ちんぽと威張るなァ、ちんぽォ
ちんぽおめこの爪楊枝ィ

 くだらなくて、実によい。堺正章中井貴一(これが意外にいいノドなのだ)がこれに類する春歌を延々と繰り返すのだが、下品な感じにはならない。ウイットが効いているからだろうか。色街、恐るべし、である。

 もうひとつは、霊前でひとりが泣きながら歌い出すと、全員で自然に唱和していく歌。タイトルがわからないのだが(エンドロールにも載っていない)、調べてみると、マキノ雅弘監督(雅彦監督の叔父)が昭和二十年代の映画「次郎長三国志」で使った歌らしい(詳しいことを御存知の方いたら教えていただけないか)。

♪おいら死んだァらヨォ、死んだァらヨォ、
道端ァ埋めてェくれ 埋めてェくれェ
れんげ菜の花 春にゃァ咲くゥ
笑わば笑えよォ

 哀切で、とてもよく響く歌だ。流れ者の哀しさが伝わってくる。

 埋めた後、春にはれんげ菜の花が咲く、というイメージがとても美しい。西行法師の「願わくば花の下にて春死なん」にも通じるように思うし、「桜の木の下には死体が埋まっている」という話にも通じるように思う。あるいは、死体を埋めた後に草木が生えてくる話は神話・民話にしばしば見られるし、現実世界でも例えばお墓に生えた草花に我々はしばしばふと心を止める。死と再生、あるいは輪廻転生のわかりやすい表現なのだろう。「れんげ菜の花 春にゃァ咲くゥ」というフレーズがよく響くということは、一見モダンでドライでマテリアルな世の中に生きているように思っていても、実は転生のようなイメージが心の奥にたっぷり埋まっているということなのかもしれない。

 批評臭くなった。こういう哀切な歌が入ると、つい「面白うてやがて悲しき」などと紋切型の表現でまとめてしまいたくなるが、この映画はちょっと違う。「面白うて、やがて悲しいとこもちょっとだけあるけど、やっぱオモロい」というふう。人間は馬鹿で、愛おしい。

 色街で馬鹿騒ぎしてみたい人にお勧めの映画。