昨日書いたが、本やブログ記事の「なのか」系タイトル(「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の類)は、問いかけられると思わず反応せねば、と感じる人間の習性をつついているのだろう。いささか手口があざとい気もするが、書店や記事のリストの中で目を引き、アピール度が高いのだと思う。
でもって、例によっての思考の乱反射なのだが、さまざまな本のタイトルを無理くり「なのか」系タイトルに変えるとどうなるだろうか。
「ナスはなぜ薄い塩水にさらすとおいしくなるのか?」
これじゃダメか。ナス好き以外にアピールしない。
「なぜみりんはいつも小さじ1なのか?」
うーむ。どうでもいいか。
「きょうの料理」はヤメ。元のタイトルがラブリーすぎる。
六法全書だとどうだろう。
「林真須美はなぜ死刑に決まったのか?」
インパクトは強いが、たぶん、内容の万分の1しか伝えていない。書店で衝動買いして、うちに帰ってから本を開いた人はビックリするだろうなあ。
「犯人は誰か?」
わははは。これでは本格推理小説のほとんどが同じタイトルになってしまう。「なぜ密室で殺せたのか?」なんていうのも、身も蓋もなくていいですね。
新約聖書。
「なぜあの方はゴルゴダの丘で十字架にかかったのか?」
これは結構よいんじゃないかしらん。訴えかけるものが強いし、内容も(さほど)間違っていないと思う。
「これでいいのか?」
これでいいのだ。
皆さんも、いろいろ「なのか」系タイトルを作ってみてください。結構、閑がつぶれます。