今、文章の書き方に関するいろいろな本を読んでいる。
文章の書き方について本を著そうという人達は、当然ながら文章について一家言――どころか、二家言も三家言も持っている。
特に、自分が避けたほうがよいと考えている書き方、あるいは許してはならないと考えている書き方については、舌鋒が鋭くなるようだ。そうした書き方を叩くとき、文章がにわかに熱を帯びるのが興味深い。
木下是雄は、「理科系の作文技術」*1の中で、受身の文を避けるように勧めている。
能動態で書くと,読みやすくなるばかりでなく,文が短くなる場合が多い.これには,日本語では必要のない場合には主語を書かないですむという事情が関係している.たとえば「……と思われる」,「……と考えられる」を単に「……と思う」,「と考える」と書き直せば,多くの場合に,主体が〈私〉であることは明白である.
そういうわけで私は,理科系の仕事の文書では受身の文は少ないほどいいと信じ,大学院の諸君のもってくるレポートや論文――欧文直訳のような受身の文が多い――を片はじから書き直させ,受身征伐につとめている.
(稲本註:太字部分は原文では傍点)
余談だが、この「理科系の作文技術」は理知的に書かれている(あ、受身だ)。しかし、時折、引用文のように木下先生のユーモアがにじみ出るので、読んでいて飽きない。お勧めである。
紋切型の言い回しを排撃しているのが、本多勝一の「日本語の作文技術」だ。
新聞の投書欄の文章を引用した後で――。
一言でいうと、これはヘドの出そうな文章の一例といえよう。しかし筆者はおそらく、たいへんな名文を書いたと思っているのではなかろうか。だが多少とも文章を読みなれた読者なら、名文どころか、最初から最後までうんざりさせられるだけの文章だと思うだろう。(もちろん内容とは関係がない。)なぜか。あまりにも紋切型の表現で充満しているからである。手垢のついた、いやみったらしい表現。こまかく分析してみよう。
(中略)
投書はそのあと「このおばさん、ただのおばさんではない」と書く。この表現がまた、どうにもならぬ紋切型だ。助詞を省いたこの用法は、文自体に「笑い」を出してしまう。落語家が自分で笑っては観客は笑わない。しかし「このおばさん、ただの……」とやると、もう文章が自分で笑いだしている。いい気になっているのは自分だけで、読む方は「へ」とも思わない。また「ただのおばさんではない」などと無内容なことを書くくらいなら、どのように「ただ」でないのか、具体的内容をすぐにつづけて書くべく、この部分は省略すべきだろう。
「ひとたびキャラバンシューズをはき、……」も文自体が笑っている。つづいて「どうしてどうして」だの「そんじょそこらの」だのという手垢のついた低劣な紋切型がまた現れる。
文章ほとばしるが如くである。よほど紋切型の書き方が嫌なのだろう。この下りを書くとき、本多勝一は相当に筆がノッたのではなかろうか。
野口悠紀雄は、「『超』文章法」で、自分の嫌いな表現を次々に挙げて、片端から叩いている。例えば、
私は、つぎの表現に出会うと、不快感を覚える。
◆生きざま、手垢のついた、せめぎあい
◆ふれあい、共生
「手垢のついた」は、「使い古された」とすればよいものを、なぜそうしないのだろう。「生きざま」は、「死にざま」からの転用で、本来は誤用である。
しかし、世の中には、これらに不快感をもたない人が多い。「ふれあい」や「共生」はむしろポジティブな表現と考えられている。「ふれあい」は、地方公共団体御用達用語だが、妙に湿った手で肌をなでられる気がして、ぞっとする。
といった調子だ。わたしも同感である。
野口先生は、特に「さらなる」という言葉を嫌っているらしい。
右のリストにある言葉で私がとくに目の敵にしているのは、「さらなる」だ。「一層の」という意味で使われているのだが、これは誤用である。しかも、「ラ抜き言葉」のように徐々に変化したものではなく、突然変異的に出現した表現だ(全共闘用語だったという説がある)。
文章中にこの表現がでてくると、私はその文章の内容全体を信用しない。言葉に対して敏感でない人が書いている証拠だからである。
これら引用の文を読むと、もしかして筆者のみなさんは嫌いなものについて書きながら、“楽しんで”すらいたのでは、と思う(ただし、木下先生は、受身の文を「嫌っている」のとは違うかもしれない)。
人間、嫌いなものについて語るときは、好きなものについて語るときより、しばしば熱を帯びるようだ。
また、文章というものは日々、書き続けると、だんだん偏愛の情を覚えてくるようにも思う。
嫌いという感情×文章への偏愛=熱狂的な書きよう
ということで、引用の文章のごとく相成ったのかもしれない。
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*1:「理科系の作文技術」は名著だ。理科系でなくとも、仕事で文章を書く必要のある人は読むべきだろう。