ポール・マッカートニーの1984年のヒット曲に「No More Lonely Nights」というのがある。
ポールらしいメロディ・センスで、好きな曲のひとつだ。
こういう曲である(関係ないが、歌が始まるまで1分以上映像のみ、というプロモーション・ビデオも珍しいのではないか)。
当時、日本のレコード会社のつけた邦題が「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」で、こちらのほうがちょっと気恥ずかしくなるような、たまらないセンスがある。“そりゃまあ、ひとりぼっちならロンリーだろうねえ”と、笑ってしまう。
最近の洋楽は、もっぱら、原曲の題名をカタカナ表記するようだが、80年代半ば頃までは、いささか無理くりにでも邦題をつける文化があった。笑える(あるいは、素敵な)邦題も結構あったように思う。
ビートルズは割にカタカナ表記の邦題が多いようだが、それでも、「涙の乗車券」(Ticket to Ride)、「悲しみはぶっとばせ」(You've Got to Hide Your Love Away)なんていうのがある。
歌詞の内容からすると間違いではないのだが、今の曲ではちょっと考えられないセンスだ。時代を感じる。
ひどいところでは、シンディ・ローパーの「Girls Just Wanna Have Fun」。邦題が、「ハイスクールはダンステリア」である。
歌詞にはハイスクールなんて全然出てこないし、捉えようによってはちょっと切なさすら感じられる内容だ。だいたい、ダンステリアって何なのだ?
→ YouTube|Cyndi Lauper - Girls Just Want To Have Fun DVD BEST QUALITY
さすがにこの邦題には、後でシンディ・ローパー自身からクレームがついたらしい。
レコード会社からすると、どうせ日本の客は歌詞なんぞ大して気にしないんだし、楽しそうな雰囲気出しときゃいいや、ということだったのだろう。
70年代、80年代のハードロックやヘヴィ・メタルには、よくおどろどろしい邦題がついていた。
AC/DCは、おどろおどろしさから遠い存在だと思うのだが、「悪魔の招待状」なんていう、いかにもそれもんのアルバムがある。原題は、「For Those About to Rock」。全然関係ない。
ハードロックと呼んでいいのかどうかわからないが、あのQueenにも、「地獄へ道連れ」(Another One Bites Dust)なんていう邦題がある。
まあ、ギャングの抗争についての歌だから全くのデタラメではないが、当時の英語のわからないリスナーはどんな内容の歌だと思ったのだろうか。
プログレもひどい。というか、素敵、と言うべきか。
エマーソン、レイク&パーマーのアルバム「BRAIN SALAD SURGERY」は、「恐怖の頭脳改革」。おどろおどろしいアルバム・ジャケットのせいもあったかもしれない(確か、エイリアンをデザインしたギーガーによるイラスト)。
「恐怖の」とつけたところがミソで、いい悪いを超えて、邦題史上に残るタイトルだと思う。
ピンク・フロイドには、「原子心母」というアルバムがある。原題が「Atom Heart Mother」だから直訳なのだが、「げんししんぼ」という音が、たまらない大仰さを感じさせる。
今なら、そのまま「アトム・ハート・マザー」として売るんだろうけれども、「原子心母」には、大仰なもの(そのココロはこけおどしだったりする)をありがたがる時代性が表れているように思う。
この手の邦題の最高傑作が、ユーライア・ヒープのアルバム「対自核」で、これだけでは、おそらく、たいていの人が何のことやらわからないだろう。
原題は、「Look at Yourself」。自分を見つめなさい、という意味だ。邦題のほうが難しい。何ともはや。
この手の邦題は、今ではほぼ滅び去ったひとつの文化だったと思う。
ま、滅び去ったからといって、惜しいわけでもないけれども。