効率と目的

 終戦直後、GHQとその関連団体の中で、日本語のローマ字化を図る、という考えがなかなかの勢力を誇っていたという。


 GHQの招きで日本を訪れた第一次米国教育使節団が、学校教育、新聞、定期刊行物、書籍でのローマ字の使用を推奨した。


 昭和21年3月に提出された第一次米国教育使節団の報告書には次のような提言がある。


4. この委員会(稲本註:日本人の学者、教育界の指導者、および政治家からなるローマ字化のための委員会)は新聞、定期刊行物、書籍その他の文書を通じて、学校および社会生活、国民生活にローマ字を導入するための計画と実行案を立てること。
(略)
6.国字が子供たちの勉強時間を不断に枯渇させている現状に鑑み、この委員会は早急に結成されるべきこと。適当な期間内に、完全な報告と包括的な計画案が公表されることが望まれる。


 もっとも、使節団の中でも日本語のローマ字化には異論があったようだし、当時の状況の中で、ローマ字化の可能性がどの程度あったのか、わたしにはわからない。


 もしローマ字化が進められていたら、我々は今、夏目漱石をローマ字で読んでいたかもしれない。漱石の文章から受け取るものは、今とは随分違っていただろう。


 もっとも、漱石のオリジナルの文章は、旧漢字、旧仮名遣いで書かれていたのだから、今、我々が目にする新漢字、新仮名遣いの漱石も、オリジナルとは違う感覚を渡してはいる。
 まあ、ローマ字で読むよりはマシだろうが……。


 漠然とした知識で申し訳ないのだが、日本語のローマ字化というのは、明治以来、常に唱えられてきたらしい。


 ローマ字論者が唱えるローマ字化の利点は、主に三点あったようだ。


・文字の国際化(正しくは欧米化。もしくは欧米とのコミュニケーション重視)
・漢字習得のための学習時間の節約
ワープロの使用


 二番目と三番目は効率の問題である。


 ご存じの通り、漢字を覚えるために費やされる学習の時間には、相当なものがある。それをなくせば、あるいは減らせば、もっと他の学習を行えるではないか、というのが二番目の論点。


 三番目のワープロ化は、ワープロ・ソフトの普及した今日ではピンと来ないかもしれないが、昔の実業界では結構、大きな問題だったらしい。


 事務書類を、欧米の会社ではカタカタチンと、ワープロでスピーディに打っているのに、日本の会社では手書きの文字でちびちび書いている。「體」などとペンで書くのはいかにも時間がかかるし、時間がかかると、それだけ多くの事務員を雇わねばならぬ。無駄ではないか、欧米との競争の点でも不利だ、国力の増強において弊がある、ということなのだろう。


 今日でも、日本語のワープロでは変換の手間がいるから、漢字を書くのにかかる時間の問題は完全に解決したわけではない。


 長くなった。続きは明日書きます。