細菌の世界

 夏ということもあって、混んだ電車に乗ると、誰のものとも言えないにおいのすることがある。


 肌のにおい、口臭、汗のにおい、わきが、尾籠になって恐縮だが、おならやうんこのにおい、あるいは、衣服、食器、住まいのにおいなんていう、人間に由来するにおいの多くは細菌の活動によるものであるらしい。


 今の世の中は、抗菌グッズとか、殺菌成分とか、どこか細菌は悪、という風潮があるように思う。感染症の嫌なイメージが作用しているのだろうか。
 また、細菌が見えないことを利用して、不安をあおる広告もよく見られる。欲望と不安を刺激するのは広告の王道だ。


 清潔というのはよさそうな徳目に思われるが、しかし、行き過ぎもどうかと思うのである。気づかぬうちに、ヒステリックなレベルにまで至っているかもしれない。


 細菌には、善玉菌、悪玉菌、それから無害な菌があるとされる。


 ま、しかし、いささか大ざっぱかつ一面的な分け方であって、実際には多種多様な菌が相互に作用しあい、ある環境を作り上げている。
 悪玉菌といっても、そればかりが増えると人間にとってマズいということで、狼ばかりが増えすぎると困るということかと思う。


 細菌は肉眼で見えないというだけで、我々は細菌の支配する世界に、お情けをいただいて住まわせてもらっているのではないか、と思うこともある。


 細菌がなくなってご覧なさいよ、味噌も醤油もなくなってしまう――というのはあまりに発想のスケールが小さいが、そもそも細菌がないと人間は消化吸収を行えないらしい。


 人間は、どこか自分達が細菌より上と考えていて、細菌を利用する、あるいは殺す、寄生させるなどと考えがちだが、実は細菌の築いている環境に我々が寄生しているだけでは、とも思う。