ハンマー投の叫び

 おそらく、現代の日本において、二百七十三番目に興味を持たれていることであろうが、ハンマー投の選手が投擲した直後に叫ぶ。あれは何を言っているのであろうか。


 室伏の投擲を見ると、咆哮した後、口を動かしている。どうやら、意味のない音を叫んでいるのではなく、言葉を喋っているようである。


 あれは実は放送禁止用語を叫んでいるのだ、という説もあるが、真偽のほどはわからない。


 ああいう重い物を全力で放り投げるとき、人間は声を出さずにいられないのかもしれない――とも思ったが、優勝したスロベニアのコズムスは無言だった。最長記録を出したときも、不満げにすら見えるしかめっ面をしていた。
 どうやら、人体、精神の構造上、反射的に必ず叫んでしまう、というものでもなさそうだ。


 まあ、しかし、森羅万象何事もアバカレればよいというものではない。
 ああいうことについては、真相は不明のままに、見ている人がいろいろ想像できたほうが楽しいように思う。


 わたしは、あれは別れた女(男でもよいが)の名前を叫んでいるのだと思う。というか、そうだと面白い。
 ハンマー投の選手達は、投擲の度に、苦い恋の思い出を、全力で、魂を込め、四回ターンして放り投げるのだ。ズシリ、と全身で重みを受け止めるだろう。吠えたくもなるだろう。
 そうして、彼らはその一瞬だけ、過去から解放されるのである。


 コズムスは――たぶん、恋をしたことがないのだ。