オリンピックと美談

 オリンピックの中継を見ていると、やたらと選手の生まれ育ちや苦労話を語るアナウンサーがいる。
 アナウンサーの裁量なのか、テレビ局の方針なのかはわからない。


 別に選手の親がマタギだろうが、家庭の事情で妹が五百六十二人いようが関係ないではないか――とまでは言わないが、あまりシツコク語られると、天の邪鬼と化す。



テレビの前で天の邪鬼と化した人。


 夜のダイジェスト番組みたいなのになると、もっと甚だしい。番組によっては、試合内容をなおざりにしているケースすらある。


 全ての局の番組を見ているわけではないのでアレなのだが、見た範囲では、意外や(申し訳ない)、テレビ東京の番組が一番よい。
 草野仁が司会をやっていて、美談の類も混じるがほどほどで、きちんとスポーツの内容を扱っている。


 草野さんはもともとNHKでオリンピックの中継をやっていたからだろうか。


 美談、苦節、家族の支えも嫌いではないが、それで番組を作るのなら、徳光さんか桂小金治を司会にしろ!! と思うのである。


 試合には、出だしから一気の攻めに出て慌てさせるとか、相手の攻勢にタジタジとなりながらもここは耐えて一瞬の隙を狙おうとか、攻めか守りか相手が躊躇したところにすかさずつけこむとか、つけこもうと思ったのだが体がついてこなかったとか、上半身と下半身のバランスが崩れたとか、足がスリップしたとか、コケたとか、パンツが脱げたとか、いろんな局面がある。
 あるいは、営々として築き、失敗してきた記録への興味というのもある。


 美談の類は、目の前で行われている(いた)試合の中身をないがしろにして、勝った/負けたというだけの単純な事柄にしてしまうように思う。


 スポーツの内容にあまり興味がない視聴者を、エピソードで釣る、ということなのだろうか。


 素晴らしい演奏が終わった後で、家族について尋ねるような行為は、やはり、ちょっとズレているように思うのであります。