気まずい相撲

 相撲に「立ち合いの変化」という作戦がある。


「はっけよーい、残った」で、相手が突進してくるところを、横に動く。相手は勢いがついているからなかなか止まれない。横に動いたほうはそのまま送り出したり、自分に有利な体勢で廻しを取ったりできる。


 反則ではないのだけれども、あまり評判はよくないようである。特に横綱大関クラスがやると、ブーイング気味になるときがある。
 ファンとしては力の入った勝負を見たいので、相手をスカす行為がつまらなく見えるのだろう。卑怯、という感覚も何となくつきまとう。


 双方が立ち合いで変化してしまう、ということもあるのだろうか。
 つまり、「はっけよーい、残った」で、双方の力士が横に飛んでしまうのだ。


 わたしは、あまり熱心に相撲を見ているわけではないので、目にしたことはないのだが、飛んだ後で、お互い、一瞬、気まずい雰囲気になるのではないか。


「あ」


 なんて、双方思わず、立ち尽くしてしまったりして。


 観客は爆笑かもしれない。


 あるいは、双方が張り手に出るとどうなるのか。


 張り手、というのは、つまりはビンタ。
 立ち合いで相手の頬を張り、相手が顔を横に向けた隙に、廻しを取るなり、突っ張るなりする作戦だ。


 最近は、力士の間で「張り差し」、つまり、張り手をやって、下手をとるのが流行しているらしい。


 だとすると、双方、張り手に出ることも十分にありうる。


 両者とも、見事に張り手が頬にヒットしたら、顔を背け合うことになる。その瞬間だけ取り出して見れば、「この人っ、キライッ!」というふうに見えて、随分、滑稽だろう。


 双方が左手と右手で張ると、腕が交錯することになる。


あしたのジョー」のクロス・カウンターである。


 ジョーの師匠の丹下段平に言わせれば、「相手の腕の上を交差した自分の腕が滑り、必然的にテコの作用を果たして」「三倍‥‥いやさ四倍!」「思うだに身の毛もよだつ威力を生み出す!」んだそうである(ホンマかいな)。


 もっとも、あれはボクシングだから絵になるのであって、相撲だと、今イチである。


「はっけよーい、残った」


 バチイッ!


「カ‥‥カウンター‥‥。クロス・カウンター張り手だっ‥‥!!」


 よろっ。


「葉子は‥‥いるかい」
「こ‥‥ここにいるわ、琴奨菊くん‥‥!」
「この廻し‥‥もらってくれ」
「!」
「あんたに‥‥もらってほしいんだ‥‥」


 そして、後にはまっ白な灰だけが残る‥‥燃えかすなんか残りやしない‥‥まっ白な灰だけだ。


(「あしたのジョー」を読んでない人は、わけがわからないだろう。申し訳ない)

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「今日の嘘八百」


嘘六百九十一 人間が言葉を発明したのではない。他の動物が失語症にかかっているのである。