もしもし

 例によって、どうでもいいことを思いついて、つらつら考えている。


 電話で「もしもし」という言葉をよく使うけれども、誰が最初に使ったのだろうか。


 日本で電話サービスが始まったのは1890年(明治23年)だそうだ。その頃、誰かが電話口に向かって「もしもし」と言ったのか。


 当たり前だが、電話がなかった頃には電話で「もしもし」という言葉を使う習慣はなかった。


 では、最初に電話で「もしもし」を使った人が、「もしもし」ではなく、「アスパラゲッチョ」と言い出したら、今頃、我々は電話をかけ、「(トゥルルル、トゥルルル。プチッ)あの、アスパラゲッチョ」、「はい、アスパラゲッチョ」などという会話を交わしているのだろうか。


 あるいは、最初の人が落語に出てくるような江戸っ子で、「オウッ!」(正確には「エウッ」との中間。半オクターブほど高く発音するとよい)と呼びかけたら、今頃、我々は「(トゥルルル、トゥルルル。プチッ)オウッ!」、「何でぇ、オウッ!」などと魚河岸みたいなやりとりをしているのだろうか。


 歴史に“If”はないというが。


「もしもし」という言葉は電話でなくとも使う。こちらを見ていない人に向かって呼びかけるときに使うのだ。
 例えば、知らない人に向かって、「もしもし。ちんちんが出てますよ」と注意するときなんかがそうだ。


 電話の「もしもし」も、こちら側が見えていない相手に呼びかけるところから来たのだろう。


 しかし、「もしもし」には、電話で使うときならではの用法があって、呼びかけに応える側も使う。


「もしもし」
「はい。もしもし」


 というふうに。


 面と向かって、


「もしもし。ちんちんが出てますよ」
「もしもし。あなたもです」


 などいう会話を交わすことはない。
 電話の「もしもし」には、「通じてますか」、「通じてますよ」という通電の確認のような意味もあるのだろう。


「もしもし」の元は「申し、申し」だったという。


 惜しいことをした。「申し、申し」のままだったら、今頃、我々は、


「申し、申し」
「申し、申し」
「佐藤殿はござっしゃるか」
「いや、ゐ申さず」
「して、いずこへ」
「いずこへ去ぬるとは知らねども、宿を渡れる旅がらす。からすも義理の屋根渡り、あ、浮世は夢の五十年……」


 などと、歌舞伎のような会話をしていたかもしれないのに。


 あるいは、「申し、申し」の原型は「申す、申す」だろうから、今頃、パラレル・ワールドのどこかでは、「もすもす」、「はい、もすもす」などと、妙に訛った言葉で電話をしているのかもしれない。

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「今日の嘘八百」


嘘六百四十五 鳶が鷹を生んだが、鳶の親を見て育ったので、鳶のような鷹になってしまった。