相撲と和歌

 昨日の朝日新聞に、丸谷才一が相撲と和歌について興味深いことを書いていた。


 王朝の昔から相撲と和歌は縁が深い。和歌の対抗戦である歌合せには、相撲の方式や用語を取り入れていた。春日野、九重、宮城野、片男波、放駒など、今に残る相撲の年寄名は歌語から来ている。


 とまあ、そんな話。


 なるほど、そう言われてみれば、年寄の名は源氏物語の巻名にでもなりそうだ。もっとも、源氏物語にいきなり春日野親方が出てきても困るが。


 続いて丸谷才一は大相撲の外国人力士の増加に触れ、彼らに日本的美意識や日本文化を教えるために、日本映画を見せたり、歌舞伎や寄席に連れていったり、百人一首をやらせたりしたらどうか、と言う。


 そういうことをして、どれほど日本的美意識、日本文化が伝わるものなのか、わたしにはわからない。


 しかし、外国人力士に限らず、力士に和歌を教えるのはいいことだと思う。
 日本的美意識を伝えるためではない。面白いからだ。


 いっそ、取組後の記者インタビューでは「考えなかったッス」、「わからないッス」などというつまらない答のやりとりはやめて、和歌で答えさせることにしたらどうか。


記者「いやあ、初めての横綱戦。残念でしたねえ。いかがでしたか」
力士「ハア、ハア。


  横綱の名を敬いて立合の
    腰低けれどはたきこまれた


 ハア、ハア」
記者「お。礼儀で『腰を低くする』と低い構えをかけましたね。いやあ、勝負には負けましたけど、歌はお見事でした!」
力士「ウス。ごっつぁんス。ハア、ハア」


 相撲中継の視聴率もぐっと上がるんじゃないか。


記者「見事な逆転勝利でした!」
力士「ハア、ハア。


  けたぐられ川蝉の身のあやうさに
    水際立ちてあとはつっぱり


 ハア、ハア。土俵際を水際になぞらえてみたッス」
記者「かわしたところを『川蝉』としたのも、なかなかのものです!」
力士「ウス。ごっつぁんス。ハア、ハア」


記者「うーん、あと一歩でしたが、負け越し。いかがですか」
力士「ハア、ハア。


  寄る波に負けてぞ越の夕間暮れ
    磯の廻しはややも濡れつつ


 ハア、ハア」
記者「ん? ややも濡れつつ、ですか?」
力士「ウス。親方怖いんで。ハア、ハア。ちょっとチビったっス。ハア、ハア」


 北の湖理事長、ご一考を。


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「今日の嘘八百」


嘘二百九 生まれた直後の赤ん坊が激しく泣くのは、「こんなところとは思ってもみなかった」という失望と、「さっさと元に戻せ!」という抗議の表現である。