かあさんが17才に恋をした。
というコピーを使っている。
背景には、ボカした高校球児の写真。
「私も昔は恋をした」という、おかあさんにありがちな思い出心理を利用しているのだろう(ちなみに、おとうさんの思い出心理は「オレも昔はワルだった」)。
このコピーは「かあさん」だからいいのであって、「とうさん」ではそうはいかない。
背景にボカした女子高生の写真があって、
とうさんが17才に恋をした。
と、こう来ると、どうもスケベったらしく見えてしまう。
いや、別に17才に恋をしたっていいのだが、その後、どういう行動に出るか、どういうことを夢想するか、という点で、おとうさんの場合、今イチ信用ならない。表情がだらしなくゆるんでいそうだし。
女性週刊誌と男性週刊誌の違いのようなものであろう。
これが、
ばあさんが17才に恋をした。
となると、だんだん物語的になってくる。筋立てもいろいろと考えられそうだ。
一方で、
じいさんが17才に恋をした。
は、微妙なところだ。
「ばあさんが〜」と同じような物語ぽっさもあるが、わずらわしさ、ひつっこさのほうへ行くと、厳しい。
じいさんがどこまで淡々とふるまえるかにかかっている。
しかも、「じいさんが〜」の背景がボカした高校球児の写真だと、実態はいっそう複雑化する。
どうもこの手の話、全般に男の側が不利なのだが、次のはそうでもない。
梅さんが17才に恋をした。
梅さんって、誰だか知らないけどサ。
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「今日の嘘八百」
嘘二百七 一万円札の透かし部分の福沢諭吉は、叱られた直後なのだという。