博物館の娘達

 昨日、東京国立博物館に行ってきた。何となく、数年に一回くらいの割合で行く。


 東京国立博物館は、展示物に優れたものが多いのだが、全体的に散漫な印象がある。
 例えば、「日本刀をいろいろ見たい」とか、「鎌倉時代の絵画について知りたい」というふうに、目的を持って出かけると、肩すかしを食らうだろう。


 あまり建物が大きくなく、各時代の一通りのものを並べると、いっぱいになってしまうのだと思う(話はそれるが、どっしりしているような、日本建築のパロディのような不思議な建物だ)。


 それでも、散漫は散漫なりに、散漫に見て回る楽しみというのはあり、行くたびに、へえっ、と感じるものを見つけられる。
 何かについて興味を持つ入り口としては、結構、いい場所なのではないか。


 仏像の展示室に、高校生くらいと思われる5、6人の娘達がいた。
 修学旅行や社会見学というふうではない。
 カジュアルで派手な色合いの服を着て、化粧している。ひとりはコギャル風に、目のまわりに濃くアイラインを引いていた。いや、アイラインを「引く」というより、ある種の珍獣の目のように丸く「塗る」、といったほうがいいかもしれない。


 金曜の昼間だ。学校はいいのだろうか、と思った。
 そんなことを言い出すと、お前は仕事はいいのか、という話になるが、そこはそれ、自由業の自由さである。


 娘達が歩くと、サンダルが木の床に当たる、カコーン、カコーンという音が響き渡った。


 展示室の真ん中に、仏像が置かれていた。


 ひとりが、「ねえ、これ、カワイクない?」と言った。


 全員がいっせいに、
「カワイイー!」
 と唱和した。


「これ、ミナちゃんに似てない?」とひとりが言った。


「似てるー!」
 と全員で唱和した。そうして、ギャハギャハ笑った。ミナちゃんは仏様のような顔をしているのだろうか。


 わたしは、彼女達の仏教美術についての批評を、しばらく聞くともなく聞いていたのだが――いや、繕うのはやめよう。よそを見ているふりをして、興味津々で聞いていたのだが、どうも彼女達の評は、「カワイクない?」、「カワイイー!」以外ないようであった。


 恐るべきボキャブラリーの不足なのか、それともボキャブラリーなどなくても思考や感情をやりとりできる、高度なコミュニケーションの手法を彼女達が会得しているのか。


 さほど美術や博物に興味がありそうでもなく、誰かに連れてこられたというふうでもなく、いったい、娘達は何しにあんなところへ来ていたのだろうか。


 それを考えると、オジサンは夜も寝られません。ってほどのこともありません。


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「今日の嘘八百」


嘘百四十 この文章はわたしが書いているのではない。