古今亭志ん生がよく使うフレーズに、「〜の国から〜を広めにきたような人」というのがある。わたしの大好きなフレーズだ。
「本当にいい人でね、もう、親切の国から親切を広めにきたような人なのよ」
とか、
「この大家というのがまた強欲なジジイで、まるで強欲の国から強欲を広めにきたような野郎なんでさ」
なんていうふうに使う。
チャック・ウィルソンのことを「フィットネスの国からフィットネスを広めにきたような人」と呼ぶようなものだ。
あるいは、ケント・デリカットなら、「ユタ州の国からユタ州を広めにきたような人」。
このおかしさ、どこから来ているのだろう、と思う。
志ん生の全盛期というのは、昭和20年代半ばから30年代半ばまでだそうだ。
戦後、進駐軍がやってきて、いろんな物や風俗、価値観を運んできた様子・光景が、「〜の国から〜を広めにきたような人」に反映しているのだろうか。
あるいは、もっと前、黒船・文明開化以来の「来朝」、「洋行」のイメージが効いているのか。
さらに古くなると、フランシスコ・ザビエル、ルイス・フロイスなんて人達もいる。
いずれにせよ、1960年代生まれのわたしが、「〜の国から〜を広めにきたような人」というフレーズに笑える。
進駐軍も黒船もフランシスコ・ザビエルも、生で見たことないのに。これはなかなか凄いことじゃないか、と思うのだ。
もしかすると、日本は「〜の国から〜を広めにきた人」に強いイメージを抱き続けている社会なのかもしれない。
そういえば、古くは鑑真なんて人もいる。
志ん生は、別にそういう日本の歴史や社会を風刺しようと思っていたわけじゃないだろう。そんな下品なことをやらないのが、いいところだ。
人の心の奥にあるものを、うまーく使って遊ぶ。そんなやり口なんだと思う。
飛んでいる飛行機について、志ん生は息子の志ん朝に、「ありゃ、おめえ、目の錯覚だ」と言ったそうだ。
凄え人である。