適性

 物をよく落とす。
 最近、とみに増えた気がする。


 落とすと言っても、財布をなくして交番に行くとか、そういうのではない。文字通り、物理的に手から落とすのだ。
 ニュートンさえいなければ、万有引力はわたしによって発見されたであろう。


 不器用のせいだろうが、もう少し、こう、心構えの問題もあるような気がする。


 物を持っていて、考え事をしたり、他の何かに気をとられたりすると、よく落とす。
 私の灰色の脳細胞(ところどころ、腐っている)が、力の入れ具合の計算をおろそかにするのだと思う。早く言えば、油断だ。


 昨日は、銀行のキャッシュディスペンサーでボタンを押している最中に、カード入れを落とした。
 中に入っていたカード類が、地べたに広がった。手品師が鮮やかな手つきでトランプを開いたところみたいで、思わず、拍手してしまった。


 先日は――これは不器用のゆえだが――薬を飲もうとして、蓋を開いた瞬間、薬瓶を落っことした。中の錠剤が、わっと床に散乱した。
 落ちた薬をまた飲むのも嫌なので、捨てることにした。床の一カ所に錠剤を集めると、丸い錠剤が規則正しく並んで、何かの構造図を見るような美しさがあった。


 スパイやスナイパーにはなれないなあ、とつくづく思う。


 敵の秘密基地に侵入する。警報装置が仕掛けられた部屋から、チップか何かを盗み出そうとする。
 宙づりになって、チップに手がかかった瞬間、「あ」。それは万有引力に従って、床に落ちるだろう。


 ウィン、ウィン、ウィン。秘密基地全体を轟かすように警報音が鳴り響くはずだ。


 要人の暗殺を依頼され、一週間かけて、ここしかない、というビルの屋上を見つける。


 決行の時が来て、ライフルのスコープで要人を狙う。
 プシュッとサイレンサーを仕掛けた銃身から弾丸を発射する。見事に、要人の隣にいたSPの額を打ち抜いてしまう。


「ん」と、スコープから目を離した瞬間、手からライフルを落っことす。


 ガシャーン。


 もの凄い音を立てて、ライフルは地面に激突する。
 これまた、万有引力のせいだ。ニュートンも余計なものを発見してくれたものである。


「不器用ですから」
 

 などと、言っている場合ではない。
 あわてて逃げようとして、階段を駆け下りる途中、踊り場にあったバケツか何かを蹴飛ばしてしまう。
 

 ガラン、ガラン、ガラガラガラガラ、ガン、ガン。コン。


 爆発物の処理、というのも、無理だなあ、と思う。


 時限爆弾の赤の線と緑の線を結んで、というのがそもそも、非常に苦手だ。
 たとえうまくいっても、「やたっ!」と喜んだ瞬間に、口にくわえていたニッパーを時限爆弾の中に落っことすだろう。


 ドバーン。


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