花屋の前を通りかかったとき、店の中から叫び声が聞こえた。
「おれはお前に、ずっとそういう目に会わされてきたんだよォッ!」
何事かと見ると、十代後半か二十歳くらいの青年が、四十過ぎのオッサンに吠えている。
親子だろうか。
花屋にしては随分、激烈な声である。そういう喧嘩は飯屋には似合うが、花屋だとかなり違和感がある。
こんなテレビドラマのようなセリフを生で聞いたのは初めてだ。花屋の家庭で、風雲急を告げているのであろうか。
青春である。
わたしが江戸の町人なら、
「おーう、みんな、見に来いヤーイ! 青春だよォ、青春っ!!」
と、人を呼び集めるところだ。
しかし、わたしは江戸の町人ではないし、他人のことにもあまりかかずりあわないほうだ。
どころか、自分のことにすら、あまりかかずりあわない。ま、ついでに生きているようなものである。
なので、「んー、青春だねェ、青春」と、鰻屋の前を鰻のにおいを楽しみながら歩くように、通り過ぎただけであった。