売り込み

 家で仕事をしているせいで、よく売り込みの電話を受ける。
 マンションだ、墓地だ、リフォームだ、掃除だ、有利な投資だ、と、いろんなものを売りつけに電話をかけてくる。


 それぞれ、ある種のパターンがあるようだ。


 マンションと投資は男性、墓地と掃除は女性がたいていかけてくる。リフォームは男女両方のようだ。
 売りつけるものによって、どうして男女分かれるのかは興味のわくところだ。人脈、たとえば、墓地紹介人脈みたいなものがあって、「こんなお仕事あるんだけど、どお?」などと女性が女性を誘うのだろうか。


 マンションと墓地――不動産とくくっていいかもしれない――は、たいてい、前置きが長い。
「お休みのところ、大変申し訳ございません(なら、電話するな、と言いたい。しかも、こちらは仕事中だ。お休みではない)。ワタクシ、○○区○○にある○○商事の○○と申しまして……」


 もうこの時点で、何を売るつもりでも「いらん!」と決まってしまうのだが、相手が要件を切り出すまでは電話を切りにくい。


「この度、横浜駅にもほど近い、○○区の○○駅にですね、徒歩で10分、商店街も近くの閑静な場所に」


 長い。イラつく。マンションだろう、と検討がつくのだが、そこにはなかなか至らない。


「○○で定評のある○○が施工した……」


 くっ。定評と施工まで入れてくるとは思わなんだ。


「最新式で格安のマンションを……」
「いりません」


 と、受話器を受け口に放り投げるのだが、マンションと墓地はどうしてああも、前口上が長いのだろうか。そちらのほうが信用あるふうに聞こえると勘違いしているのかもしれない。
 聞いているほうからすると、イライラがつのるだけなのだが。


「お休みのところ、大変申し訳ございません。ワタクシ、○○区○○にある○○商事の○○と申しまして、この度、横浜駅にもほど近い、○○区の○○駅にですね、徒歩で10分、商店街も近くの閑静な場所に、非常にまずいラーメン屋を発見しまして、大変腹が立ちました。さようなら」


 などという、意表を突く電話はまだ受けたことがない。


 投資の人はこんなふうだ。


「イナモトさんのお宅でいらっしゃいますか」
「そうです」
「ヨシノリ様はご在宅でしょうか」
「わたしですが」


 ここで、なぜか、8割方の人が慌てる。敵のリストには年齢も載っていて、38歳の男が平日、家にいるとは想定していないのかもしれない。


「あ、ご本人様ですか。大変失礼いたしました。実はこの度ですね」


 この「実はこの度ですね」というのが長ったらしいうえに馴れ馴れしく、不快だ。


「有利な投資を……」
「誰ンとこ、電話かけとんじゃい、ボケ!」


 と一度、脅かしてやったらスカッとするだろうな、と思うのだが、勇気がなくてまだ実現していない。必要なのは、ほんのちょっとの勇気です。


 こんな電話がかかってきたこともある。女性の声で、


「あの、稲本様のお宅でしょうか」
「はい、そうですが」
「奥様はいらっしゃいますか」
「いません」
「あら、お出かけですか」
「いえ、独身なんです」
「まあ」


 と、ちょっと驚いたような、失礼しましたというような、微妙なニュアンスの声を出して、こう言った。


「では、よいご縁のございますことを」


 電話が切れた。大きなお世話である。


 あ、「き、きっと、この電話がご縁です。僕と、け、結婚してください」と言ってやればよかったな。シマッタ!


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