タイトルは「おうむ」と読む。手書きではとても書けない。薔薇より難しいんじゃないか。
友達のKに聞いた話だ。
Kが高校生のとき、同級生のサトシ君と動物園に行った。なぜ男ふたりで動物園なんぞという色気のないところへ行ったのかは、わからない。
Kが猿山の前で猿の真似をして、オスザルにリンゴを投げつけられたり、メスザルに惚れられて猛烈にアタックされたりしているうちに、サトシ君の姿が見えなくなった。
探すと、サトシ君は鳥類の檻の前に立っていた。熱帯の鳥達が飛び回っているやや大きめの檻だ。
サトシ君の頬に、涙がつーと伝っていた。
ベンチに座って、話を聞いた。
サトシ君は食堂の息子だが、家は不動産を結構持っていて、まあまあ、お金持ちの部類に入った。
子どもの頃に鸚鵡を飼っていて、ひとりっ子のサトシ君は特に可愛がっていた。ところが、あるとき、鳥かごの戸が開いて、鸚鵡は逃げてしまった。
さっきの熱帯鳥類の檻にいるのが、その自分の飼っていた鸚鵡だというのだ。
「マジ? 似てるだけじゃねえの」
「本当だって。あれ、絶対、“キャロット”だ」
サトシ君の飼っていた鸚鵡は“キャロット”という名前だったそうだ。
「今、証拠見せてやる」
サトシ君は熱帯鳥類の檻の前に立った。
目の前のブランコ状の止まり木に、黄色と青の鸚鵡が止まっていた。時々、首を傾げる格好をしながら、サトシ君を見ている。
「キャロット!」
と、サトシ君が鸚鵡に呼びかけた。
「サトシ!」
と、鸚鵡が答えた。サトシ君はまた泣いた。
Kとサトシ君は動物園に掛けあいに行った。
「あれはうちで飼っていた鸚鵡です。返してください」
出てきた30歳くらいの飼育係は、当然、とりあわない。鼻で笑って、
「あの鸚鵡はちゃんとしたところから買ったものだよ。そんな馬鹿なことがあるわけない」
「じゃあ、証明してみせます」
飼育係を檻の前に連れていった。
「呼びかけたら、僕の名前を言いますから」
「アハハ。いや、この鸚鵡はねえ、僕の名前を言うんですよ」
自慢したくなったのか、面倒をかける高校生ふたりをヘコませたくなったのか、飼育係が先に鸚鵡に呼びかけた。
「ハナコ!」
「山田! 山田!」
と、鸚鵡が答えた。
「じゃあ、僕がやってみせますから」
そう言って、サトシ君は「キャロット!」と呼びかけた。
鸚鵡はクビを傾げて、サトシ君を見た。しかし、何も答えなかった。
「キャロット!」
と、何度も、サトシ君は呼びかけた。
鸚鵡はサトシ君を見たり、飼育係を見たりしながら、それでも何も答えなかった。
ほうらね、と、飼育係は勝ち誇った表情を浮かべた。そうして、
「まあ、鸚鵡はみんな似ているからね」
と言って、スタスタと歩み去った。
Kは、泣いているサトシ君の肩を叩いて、帰ろう、とうながした。
檻から少し離れたとき、突然、背後で鸚鵡が大きく鳴いた。
「山田! 山田サトシ!!」