名刺交換

 どうも、名刺交換が苦手だ。


 まず、タイミングがとりづらい。


 例えば、初めての打ち合わせの会議室で、仲立ちする人と、初対面の人。


 仲立ちする人がお茶を頼むか何かで席を外す。
 初対面の人とふたりっきりになる。


 おもむろに立ち上がり、名刺を取り出して……というのが、どうしてもおずおずした感じになる。あの、変に緊張した感じが嫌だ。
 向こうが、「あ、いや、これは気づきませんで」とでもいうふうに立ち上がるのも、何となくぎこちない(もちろん、本当は向こうも気づいていたのだ。ただ、タイミングをつかみかねていただけである)。


 その後、相手の名刺を見ながら、肩書きだの、担当する仕事だのをネタに話すことになるのだが、お互い、内心は、仲立ちする人のことを「早く戻ってこい、早く戻ってこい」と念じている。
 最大の恐怖は、仲立ちする人が戻ってくる前に、会話のネタが尽きてしまうことである。


 大勢の打ち合わせの名刺交換というのも、なんだか、困る。
 その場の全員が、総当たり戦で交換するものだから、しっちゃかめっちゃかの状態になる。
 10人いたら、総計で10×10÷2−10=40もの交換が行われるのだ。


 もっとも、これは全員が初対面で、同じ会社の人間が含まれない場合だが。
 実際には、同じ会社の人が何人かいる場合が多いのだが、それでも、背広の人間が入り乱れてペコペコし合って、ちょっと収拾つかない感じになる。


 あれ、異星人が見たら、特定の地域に住むホモ・サピエンスの不思議な習性として、大いに研究意欲をそそられるのではないか。


 名刺の交換は、日本の仕事の場では一種の儀式と化している。


 一応は型のようなものまである。両手で受け取るとか、名刺入れに載せて一礼しながら受け取るとか、いくつかの流儀というか、硬軟の幅があるようだ。


 海外の人と仕事をするときにも、ビジネスカードをもらうことがあるけれど、たいていは、ポン、と渡すような感じで、楽でよい。連絡先はここ、というだけのことである。
 しゃちほこばって、ペコペコして、腰を30度曲げて、うやうやしく名刺を受け取る、なんて、日本くらいなのではないか。


 かといって、名刺をもらわないのも、困ることが多い。
 後で連絡先がわからなくなる、というのもあるが、私の場合は、何より、相手の名前を覚えられないからだ。
 というより、ハナっから覚える気がない。


 そんなわけで、私のテーブルの上には大量の名刺が積み重なっているのだが、8割方は顔も思い出せない人達の名刺である。


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