「ラスト・ワルツ」のコンサートには、多くのミュージシャンがゲストとして出てくる。
ドクター・ジョン、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、マディ・ウォーターズ、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、どうでもいいけどリンゴ・スター。
ザ・バンドが、多くのミュージシャンに敬愛されていたことがよくわかる。
印象的な演奏も多いが、やっぱり、白眉はヴァン・モリソンの「キャラバン」だ。
ヴァン・モリソンはアイルランド生まれのシンガーで、ソウルやR&B、ジャズの影響を強く受けている。
異邦人でありながら、アメリカの土くさい音楽にのめりこんだ点で、ザ・バンドと共通するものがある。
「ラスト・ワルツ」でのヴァン・モリソンのパフォーマンスは圧倒的だ。観客を見事にひっくり返した。
しかし、圧倒的なのは演奏の後半で、前半はそれほどでもない。ある瞬間から、急に化学反応が起きたように、グワッと跳ね上がる。
今、時間を計ると、約6分の演奏の中で、凄いのは最後のわずか1分10秒だ。
以下、演奏で何が起きたかを書いてみる。
・演奏前、小太りのヴァン・モリソンが、スパンコールのついた、胸元の大きく開いた紫色の衣装を着て、ステージに立っている(解説によると、そのあまりのイケテナサに関係者は呆れたらしい)。
・表情は緊張して見える。ヴァン・モリソンは神経質でアガリ性だと聞いたことがある。ロビー・ロバートソンと目で合図して、ロビー・ロバートソンがバンドに演奏開始の合図を送る。
・演奏が始まる。ヴァン・モリソンはいきなり全開で歌い出すが、やはり緊張して見える。
・最初に観客の誰かが指笛をしたが、それほど大きな歓声は聞こえない。(5/9付記:サントラを聴くと、ヴァン・モリソンは「キャラバン」の前に「アイルランドの子守歌」の熱唱で、一度、観客を大沸きに沸かせている。映像で見るヴァン・モリソンの緊張した感じとのギャップが不思議だ)
・普通に演奏は続く。ヴァン・モリソンの歌はハイテンションに聞こえるが、目を閉じたり、横を向いてロビー・ロバートソンを見たりしている。なかなか乗り切れないと感じているのかもしれない。観客のほうは見ない。
・ようやく目を開いて観客席を見た、と思ったら、一点をずっと見ている。後ろにいるベースのリック・ダンコは幸せそうな表情。演奏を楽しんでいるのだろう。
・スタンドからマイクを抜き、手持ちにする。一瞬、マイクのコードがスタンドにからみつき、気をつけてほどく。スタンドを横にのける。たぶん、ぶつからないようにしたのだと思う。ヴァン・モリソンの神経質さがわかる。
・ガンガン、シャウト。だんだん乗ってきたのかもしれない。
・……と思ったら、ブレイクを多用するブリッジのところで、ロビー・ロバートソンをちらちら見るのだが、ロビー・ロバートソンは自分のギターばかり見ている。ヴァン・モリソンはちょっと残念そうだ。
・やっとロビー・ロバートソンがヴァン・モリソンを見たと思ったら、ヴァン・モリソンは前を向いている。惜しい!
・サビでようやく、ちらっとだけ目が合った。よかったね、ヴァン。
・演奏が少し静かめに。ヴァン・モリソンの歌をじっくり聴かせよう、というところだろう。観客から小さな歓声と拍手。
・ヴァン・モリソン、ロビー・ロバートソンのほうをじっと見る。カメラのアングルのせいで、ロビー・ロバートソンの動きはわからない。
・ヴァン・モリソン、シャウト。凄い歌唱力である。演奏の一度目の盛り上がり。
・ヴァン・モリソンがロビー・ロバートソンのほうを向き、何度も首を縦に振る。ロビー・ロバートソンがそれを受けて、ギター・ソロを始める(ロビー・ロバートソンによる音声解説では、この指示は即興だったらしい)。
・ギター・ソロの途中でヴァン・モリソンが歌い出す。どうやら、ギターとの掛け合いを狙ったらしいが、ロビー・ロバートソンは無視してソロを続ける。ロビー・ロバートソンの我の強さが表れている。ヴァン・モリソンは歌を中断して、無念そうに「yeah」。
・ヴァン・モリソン、作戦変更して、スキャットを始める。しかし、ロビー・ロバートソンのギターとどうもうまく噛み合わない。
・ホーンセクションの裏メロディが始まる。ここからが凄い。
・ヴァン・モリソンが拳を高々と突き上げて、「Turn it up!」と叫ぶ。それに合わせて、ホーンセクションがヒートアップ。(5/9付記:「キャラバン」の歌詞には、「Turn up your radio(ラジオのボリュームを上げろ)」という文句が出てくる。ヴァンは、歌詞にひっかけて、バンドに「そのメロディのボリュームを上げろ」と言っているわけだ)
・「○○、one more time!」と腕を突き上げる(○○のところが私には聞き取れません。「Do that, one more time!」かも)。
・踊りながら、腕と足を振り上げる。ドラムのレヴォン・ヘルムが「凄え」と笑っている。
・ヴァン・モリソンは、何度も「○○、one more time!」と、ジャンプしながら腕と足を振り上げる。ほとんど、トランス状態。ロビー・ロバートソンとリック・ダンコも「凄え」と笑っている。
・ヴァン・モリソン、舞台の真ん中で少しかがみ、小さい声で「Thanks」と言う。
・もう一発、腕を突き上げて、舞台袖に消える。一瞬、勝者の笑みを浮かべる。
・ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、レヴォン・ヘルム、舞台袖を見ている。戻ってくることを期待しているのだろう。
・戻る気配がないので、ロビー・ロバートソンの合図で演奏終了。大歓声。
・ロビー・ロバートソン、舞台袖を見る。ヴァン・モリソンが出てくると思ったのだろう。しかし、ヴァン・モリソンは出てこない。ロビー・ロバートソンが観客に向かって、「ヴァンでした」。レヴォン・ヘルムがシンバルを一発、パシン!
――とまあ、そういう成り行きなのだが、こうやって、あえて文章にしてみると、たかだか6分の演奏の中で、いかに多くのことが起きているかがわかる。
最後の1分10秒の異様な盛り上がりは、もちろん、ヴァン・モリソンのパフォーマンスによるところが大きい。しかし、小太りの男が腕を突き上げ、足を振り上げたからといって、必ず凄い演奏になるわけではない。
ホーンセクションを含めたバンド全体が化学反応を起こし、圧倒的なグルーブ感を生み出していく様子は、1分10秒の奇跡にすら感じられる。
いや、何度見ても、マジで凄いっスよ。