哀しみの魔法

 言葉には魔術的な力があって、たとえば、初対面の女性に「○○○○してください」と言っただけで、いきなり頬にビンタが飛んでくる*1
 あるいは、会社で子どものいる女性に「犬や猫でも子どもは母親が育てるのに〜」という言葉を発すると、裁判に訴えられる。


 言葉の魔術的側面を無視するから、そういう目にあうのだ。自業自得である。


 そうした、相手に直接的な影響を及ぼす呪術的な面も、言葉にはある。一方で、ある種の言葉は、魔法の杖のように、何かから別の何かを生み出してしまう。


 そんな魔法の言葉を今日は紹介したい。まずは、これだ。


  ブルース


 いろんな言葉に「ブルース」を付けただけで、そこはかとない哀しみがそこに生まれるのだ。


 たとえば、「郵政民営化」につけてみよう。


  郵政民営化ブルース


 親方日の丸、寄らば大樹で就職した人々が、公社化、民営化していく過程で味わう、将来への漠然とした不安。民営化による合理化で配置転換され、長年愛した郵便局とゆうちょの仕事から離れる、そこはかとない哀しみ。
 しかし、職場で耳にするのは、「これも時代の流れだ。仕方がない……」という力ない言葉のみ。時の流れは残酷だ。ブルージーだ。


「リストラ」でやってみる。


  リストラ・ブルー


 決して、泣きはしないのだ。泣きはしないが、さまざまな思いが複雑に絡み合いながら、男の胸に去来する。深い哀愁を、コートの背中が語っている。


 かの国に関連して語られることの多い、この言葉。


  体制崩壊ブルース


 唯一絶対の権力者がただひとり高みにいたが故に抱きしめる、つきぬけた孤独。あるいは、組織の中にしっかり足場をつくり、一生安泰と考えていた人間に、いきなり襲いかかる時代の大津波
 今まで強固と思っていたものがあっけなく崩れていくとき、そこにはさまざまな悲哀のドラマが生まれるのだ。知らんけど。


 ブルースと特に相性がいいのは、地名である。「中の島ブルース」や「伊勢佐木町ブルース」など、「地名+ブルース」というタイトルは、昭和モダン歌謡の黄金パターンであった。


 テキトーに地名にブルースをつけてみる。たとえば、こんな曲名はどうか。


  戸越銀座ブルース


 私鉄沿線商店街における男と女の運命的な出会いと別れを唄うのであろうか。

*1:○○○○に入るのは、「平手打ち」である