私が知っている範囲で、史上最低のコピーは「生めよ殖やせよ」である。スローガンとするべきなのかもしれないが、ここではあえてコピーと呼ぶ。
「生めよ殖やせよ」は、1941年1月23日、当時の政府が閣議決定した「人口政策要項」に、付随して作られたのだそうだ。
将来の兵隊や物資生産者、あるいは彼らを生み育てることになる女性をどんどん生め、というわけで、現代の日本の一般的な価値観からすればひどい話だろう。何しろ、人をほとんど道具扱いしているわけだから。
この言葉がいかに非ジンドー的であるかは、出産という大仕事をなし遂げた直後の母親に、「生んだ、殖やした、よくやった!」と声をかける状況を想像してみればわかる。母親は、「生んだ」はともかく、「殖やした」というところにカチンと来るはずだ。
漢字部分だけを取り出せば、「生殖」となるところもまた凄い。考え方はひどいと思うが、このコピーをひねくりだした人はなかなかの言語感覚を持っていたのかもしれない。
1941年の1月23日ということは、日中戦争は始まっていたが、太平洋戦争は始まっていない。
おそらく、戦力が圧倒的に不足して、苦し紛れに出てきた言葉ではないのだろう。落ち着いて考えた末に生まれた言葉なのだとしたら、空恐ろしい気がする。人をこれから大量に消費する、ということを前提にしているのだから。
で、現在、少子高齢化対策というものが厚生労働省を中心にいろいろ立てられているらしい。
将来の税金や年金保険料を納める人を生みなさい、殖やしなさい、育てなさい――皮肉な見方をすれば、かつては戦争の道具として捉えられていた人間が、今度は公的負担の道具として捉えられているわけだ。
まあ、政府の仕事というのはそういうものなのかもしれない。統計表やグラフに、呼吸や鼓動はないからね。
それにしても、「厚生労働省」=「厚生」+「労働」+「省」とは、うまい組み合わせを考えたものだ。「生めよ、殖やせよ、働けよ」と、主題にぴったり合っている。
どうも不粋でいけない。「梅を殖やせよ」と、こう、風流に行きたいものだ。(扇子舞わせて)♪チャラッカチャンタラ、チャラッカチャンタラ、チャンチャラチャン〜。