寝ていたと言わないやつ

 人にはそれぞれ、いろんな種類の引っかかりというものがあるものだ。
 例えば、寝ていたと言わないやつがいる。


 電話すると、半オクターブ下のややかすれたスローな声で「はい……」と返事する。
 「あ、ごめん、もしかして寝ていた?」と訊くと、急に半オクターブ+3音くらい高い声で、「んー!? いや、寝てないよ。大丈夫」などと早口に言う。
 明らかに寝ていたろうと思うのだが、そうして、寝ていたからといって悪いわけではないのだが、先方はなぜか慌てて、隠すような口調になる。


 友達のKがこのタイプで、まず「寝ていた」と正直に言わない。
 電話かけて、「あ、寝てた?」と言うと、「ん、いや……ボーッとしてた」と答える。


 人がボーッとすることは、もちろん、ある。
 私の場合、学校では授業中、実によくボーッとしていた。働きだしてからも、仕事中によくボーッとしていた。
 たいてい、やりたくないことをやらされていて、しかも監視の目が甘いときに、ボーッとするものだ。


 しかし、自宅でボーッとする、なんて、めったにない。いや、軽くボーッとすることは、ままあるだろうが、半オクターブ下のややかすれたスローな声で「はい……」と返事するなんて深いレベルまでボーッとすることは、あまりないはずだ。
 よほど疲れているか、失恋でもしたか。あるいはテレビのナントカ刑事デカものでは衝動的に近しい人を殺してしまったとき、深いレベルでボーッとするようである。
 が、まあ、日常生活の中では、レア・ケースだろう。


 Kの場合、あまりに「ボーッとしていた」と答えるケースが多いので、十中八九、寝ていたはずだ。でなければ、よほどボーッとしている人間なのか。


 「寝ていた」と素直に答えられない。あれはどういう心理なのだろうか。
 眠ることに罪悪感でもあるのか、それとも、眠るとは一種、無防備な状態だから、油断していたことを隠したいのか。


 つい弱みを見せてしまうことを嫌う性格を、起き抜けの状態でうまく隠せず、ついポロリと見せてしまう。そういうことなんじゃないか、と、とりあえず、今、決めた。


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