社会と世の中

 おれは「世の中」という言葉が好きで、いっそ結婚したいくらいだ。というのはさすがに嘘だが、好きだというのは本当である。

 世の中という言葉は人のにおいのするところがいい。これが「社会」となるとどうも固苦しく、そこで息づいている人の感じがしない。

 世の中という言い方はまた曖昧であって、どこからどこまでが世の中でどこから先がその外なのかよくわからない。世の中と呼べるのはなんとなく噂の届く範囲という感じはするが、SNSなどが広まると地域では分けられないふうになってきて、ますます曖昧度が進んでいる。その曖昧な感じがおれは好きである。

 似た言葉に「世間」というのもあって、またちょっと違うニュアンスがある。「世間さまが許しませんよ」なんて言い方はあるが、「世の中さまが許しませんよ」とは言わない。思うに、世間には共通の道徳というか、なんとなくのお互いの了解事項というものが関係していそうだ。しかし、こうグローバル化していろいろな人が入り乱れてくると、共通の道徳や了解事項もこしらえにくく、世間さまという了見がしにくくなってきているかもしれない。

 社会という言葉もそれはそれでいいのだが、「社会貢献」なんぞという言葉にすると、どうもリッパすぎ、大げさすぎる感じになる。「世の中貢献」と言ったほうが貢献の度合いもいろいろありえてよいと思うのだがどうだろう。

 一方で、「社会主義」というのを「世の中主義」と言い換えてしまうと、なにやらぼうっとしてよくわからない。そりゃあ、世の中は大事だよな、で終わってしまい、マルクスとかレーニンとか志位委員長といった人々が張り切れなくなさそうだ。社会は建設できるが、世の中は建設できない。このあたりが、社会と世の中の案外芯に近いところの違いなんではなかろうか。

呼び捨てでよいのか

 サイトウ・キネン・オーケストラというクラシックの楽団があって、おれもCDを一枚持っている。小澤征爾がよく指揮をすることで有名だ。楽団といっても常設ではなく、音楽家で教育者の齋藤秀雄の弟子筋、あるいは小沢征爾(彼も齋藤秀雄の弟子)の知人の演奏家などが折々に集まって演奏するのだそうだ。

 齋藤秀雄の遺徳、あるいは功績を記念して「サイトウ・キネン・オーケストラ」と名乗っているのだろうが、ハテ、と思うのである。そんな立派な人を呼び捨てにしてよいのだろうか。いっそ「サイトウさん・キネン・オーケストラ」と敬称をつけて呼んではどうか。

 同じ伝で、競馬方面には有馬記念という大きなレースがある。年末にファン投票で選ばれた競走馬が走るオールスター戦だ。

 有馬記念は、日本中央競馬会の二代目理事長、有馬頼寧(ありま・よりやす)を記念して名付けられたそうだが、これも本当はきちんと「有馬さん記念」と呼んだらどうだろうか。あるいは、「有馬ちゃん記念」というのも親しみがこもって、よいように思う。

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有馬ちゃん

 

 

伝説化のプロセス

 先週、司馬遷の「史記」のエピソードには神話、伝説、事実の3つのフェーズがあると書いた。そして、読んでいて最も面白いのは伝説である、と。

 考えてみれば、当たり前である。伝説というのはいろんな人々の間で話が面白く伝わっていくうちに形成されていくものだからだ。噂話について考えてみればわかるが、伝わっていくのは事実ではなく、話の「面白い部分」である。話から面白い部分を選り抜いて、つまらない部分や、話し手にとって都合の悪い部分は捨ててしまい、面白い部分をさらに面白くなるように話を作り変えたり、付け加えたりしていく。そういうプロセスをいくつも経て、伝説はできあがっていくのだとおれは思う。

 そういう意味では、伝説というのは人々の「こうあってほしい」という期待が結晶化したものと言える。ヒーローだけでなく、アンチヒーローについても「悪役はこういう悪であってほしい」という期待が伝説として結実するのだろう。もし集合的無意識というものが存在するとしたら、それはオカルト的なものではなく、伝説化のプロセスの中で積み重なっていく「こうあってほしい」という期待の集まりみたいなことなんではないか。

 司馬遷の時代の伝説化のプロセスについておれには知識がないけれども、おそらく口づてと書によったのだろう。書にはもっぱら木簡、竹簡が使われた時代だから、文は簡潔でそぎ落とした表現が望まれ、ニュアンスより話の大筋が重視されたろうと思う。伝説のバリエーションの数も、後世より限られていたのではないかと思う。

 ずっと時代が飛んで、近世になると伝説化の手段、経路は爆発的に増えたと考えられる。中国の元、明の時代は講談や芝居が随分盛んになったそうだ(その結果、生まれたのが水滸伝三国志演義である)。日本でも、江戸時代には講談や芝居で荒木又右衛門や源義経大石内蔵助が描かれるように、ヒーローは「こうあってほしい」という像がさまざまな形で語られ、演技された。さらに近代〜現代となって、小説や漫画、映画、この頃ではゲームも加わって、伝説のバリエーションがどんどん増えていった(戦後にあって、歴史上の人物の伝説化に最も大きく影響を与えたのは、司馬遼太郎に代表される歴史小説と、NHK大河ドラマだろう)。

 伝説はもちろん面白いし、楽しいのだが、一点、政治的判断のベースになるのはいささか危険だろうと思う。「こうあってほしい」という期待と、「実際はこうなる」という事実は別のものだからだ。

 たとえば、今でも「サムライ」を好んで語る人は多いけれども、おれには、実際の侍が、今、小説や映画、テレビドラマ、ゲーム、スポーツにまつわるあれこれ(サムライジャパンとか)で語られるものだったとはどうにも思えない。今の「サムライ」は小説や映画(七人の侍!)などで「こうあってほしい」という像が結実したものなんだろう。それを事実と取り違えて、日本人の精神性と結びつけて語るのは、実はかなりあやういことなんではないかと思う。

史記 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

史記 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

神話、伝説、事実

 前回書いた史記は漢の司馬遷が紀元前91年頃に完成させたものだそうだ。黄帝、堯、舜などの五帝に始まり、司馬遷の仕えた武帝の時代まで記している。

 読むと、古い話から順に、「神話」、「伝説」、そして司馬遷が直接体験したり耳にしたりした「事実」の3つのフェーズがあるように感じる。

 五帝の時代から、禹の始めた夏(か)までは神話である。殷は伝説と神話の中間的な印象(古事記ヤマトタケルのような感じ)。周から春秋、戦国、秦、項羽、漢の初期までは伝説の色が濃い。文帝、景帝、武帝の頃の話は司馬遷にも近しく、また王朝の基礎が定まって官吏による記録も多いせいもあるだろう、直感的に事実、あるいはそれに近いものと感じられる。その分、読んでいて面白みはあまりない。

 史記の内容が躍如して面白いのは、春秋から、項羽と漢の劉邦の争いの頃までである。この間、多くのスターが登場する。漢の建国が紀元前206年だから、史記が成立した紀元前91年までに115年が経っている。今日(2017年)から逆算して115年前といえば1902年。日露戦争の前くらいだ。

 115年は事実が伝説化するのに十分な時間だろう。司馬遷の頃と現代では話の伝わり方や記録の仕方が全然異なるから、伝説化のプロセスは違うだろうけれども。

史記の構成

 司馬遷の「史記」を読んだ。といっても、おれには原語で読む知識はなく、漢文訓読点で読む能力もなく、小竹文夫・小竹武夫による現代語訳を読んだ

史記 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

史記 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

 現代語訳とはいっても、8巻本でおそらく3千頁ほどにはなるだろうから、結構時間がかかった。夜寝る前にちびちび読んで、さて、半年ほどもかかったろうか。

 内容は面白く読める部分と、さほどでもないところに分かれる。春秋の覇者や、戦国の縦横の駆け引き、秦と漢の交替期の話はやはり劇的で面白い。

 さほど面白くないところもあるのは司馬遷が歴史をさまざまな角度から網羅・記録しようとしているからだ。歴史記録という点で、史記はとてもよくできている。構成はこんな順序だ。

 

・本紀 黄帝以降、漢の武帝までの天子あるいはそれに準ずる人物の系譜

・書 礼・楽・律・暦・天官・封禅・河渠・平準の記録(土木史である河渠と経済史である平準以外、おれには何を言っているのかさっぱりわからなかった)

・表 年表(ただし、ちくま学芸文庫の現代語訳ではなぜか肝心の年表部分を省いている)

・世家 諸侯の家の系譜

・列伝 さまざまな人物達の記録

 

 中華の中心という意味で最も重要な天子の歴史である本紀が最初に来て、今日で言うところの学問の歴史が次に来る。そのあと、年表。諸侯の家それぞれの歴史がその次で、最後が人物中心の列伝。なお、分量で見ると、列伝が全体のおおよそ半分を占める。

 本来の史記では年表が最初にあったという説もあるそうで、なるほど、そのほうが全体の整理はつきやすい。しかし、上の構成は天子、学問、年表、諸侯……となっていて、それはそれで司馬遷のプライオリティとも捉えられる。

 本紀や世家は天子や諸侯の歴史だから、その中には歴史上の有名人物が出てくる。しかし、彼らのさまざまなエピソードについて本紀や世家では書けない。そこで、列伝という人物本位のパートが設けられ、さまざまな話を通じて歴史上果たした役割や人物像が見えてくる仕掛けになっている。

 司馬遷が偉いなあ、と思うのは、列伝の中に匈奴(当時の北方にいた強力な遊牧民族)や南越、東越、朝鮮といった異民族の記録や、酷吏(法に厳しい役人)、任侠の徒、大商人の列伝まで残していることだ。

 今日のアカデミックな歴史の記録とはもちろん違うけれども、司馬遷はとても理性的だと思う(時の皇帝である武帝に都合の悪い記録も書いている)。史記は歴史を網羅するという構想と構成の点でも(もちろん内容でも)本当に優れた書である。

感情と倫理

 タイトルを書いて、笑ってしまう。大げさである。まあ、おれの書くことだから、内容は大したことにならないはずだ。
 このところ、「知情意」という視点で物事をとらえることを時々してみている。知は理屈、知性。情は感情、感性。意は意志とも言えるし、道徳、倫理とも言える(ここのところがまだ整理できてない)。知性、感性に照らしあわせるなら品性だろうか。ここでは、仮に倫理ということにしておく。
 話は変わるが、たまに家の留守電に世論調査の自動音声が残されていることがある。「あなたは安倍政権を支持しますか。支持しませんか。支持する方は1を……」などと問答無用で問うてくる。
 先日も世論調査の自動音声が留守電に録音されていて、ふいに腹が立った。見ず知らずの機械が人の家に電話してくるのも失礼だし、安倍政権を支持するのしないのといきなり突っ込んだ話を切り出すのも失礼ではないか。新聞社かテレビ局か知らんが、公器だからといって、人のうちに土足であがるようなことをしていいというわけではなかろう。人には人の道があるのではないか。
 とまあ、そんなふうに思ったのだが、ふりかえってみると、これは自分に都合のいいすり替えである。
 おおもとは、世論調査の自動音声が不愉快だ、というおれの感情だった。それを、「マジ、ムカつくー」だけでは賛同を得にくいと思うのか、「大勢の人間にとって」という話にすり替えた(失礼云々のところ)。あげくのはては人の道まで持ち出し、感情の話を倫理の話にすり替えてしまった。正義の側に身を置こうというのだ。卑怯者の行いである。
 この手のすり替えは、結構よく行われるように思う。己の怒りや悲しみの代償を求めて、倫理を持ち出すのである。あまり褒められたことではない。(←また倫理を持ち出してしまったが。)

空気を読むという行為

 会議などで「空気を読む」ということがよく行われる。白状すると、おれも割に読む。読んだ後、どうふるまうかはいろいろである。
 あの「空気を読む」という行為、どういう仕掛けになっているのかなあ、と時折、考えることがあった。山本七平に「『空気』の研究」という本があって読んでみたのだが、何を言っているのかよくわからなかった(おれの圧倒的能力不足のせいだろうが)。
 先日、小田嶋隆のコラムをたまたま読んだらこんなことが書いてあって、ああ、そういうことだったのね、と得心がいった。

私の思うに、大多数の日本人は、なにごとにつけて常に多数派であるようにふるまうべく自らを規定している人々なのであって、それゆえ、少数派である瞬間が、仮に生じたのだとしても、その時点で即座に彼は、自分の考えなりライフスタイルなりを捨てて多数派に鞍替えするのであるからして、結局のところ、われわれは、永遠に多数派なのである。

→ 原文はこちら
 なんだ、簡単な理由じゃないか。常に多数派であろうとするから、今現在どんな意見や感じ方が多数派であるかを感知しようとする。それが「空気を読む」という行為であるらしい。
 おれは日本以外の国に住んだことがないし、外国人が大勢出るような会議にも参加したことがないから、常に多数派であるようにふるまうのが日本人の特性なのか、それとも他の社会の人々にも大なり小なりあることなのか、わからない。また、得心がいったのもあくまでおれの直観であって(これがまたよく間違うのだ)、論理的に説明する能力はないし、経験的に説明するほどのやる気はない。
 空気を読む行為にはもっと細かい仕掛けが働いているのかもしれない。また、常に多数派であるようにふるまうことを世の少年少女たちがどういうかたちで学んでいくのかにも、ちょっと興味がわく。しかし、長年の疑問が氷解したので、今日はご報告だけにとどめて、チャオ。

「空気」の研究 (山本七平ライブラリー)

「空気」の研究 (山本七平ライブラリー)